地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第157回 井上史雄さん: 勧誘・もてなしの方言「なんしょ」のグーグルマップ全国分布
Nationwide distribution of performative expressions “nansho” by Google maps

筆者:
2011年7月2日

このシリーズ第155回長野県の「もてなしの方言」には見覚えがあります。グーグルマップで調べました。「なんしょ」を引くと、まずその名の店が出ます。図1左の例をよく読むと、クチコミの使用例が多く、東京付近では「なのでしょう」を縮めた「なんしょ」が使われ、関西では「何しよる」の変化「なんしょん」が使われます。この際無視しましょう。もてなしの方言の「おいでなんしょ」や「~てくなんしょ」は、長野県南部以外に、福島県と九州の一部で使われていると、分かりました。

【図1 グーグルマップによる「なんしょ」の施設名とクチコミ使用例(2011/06/16)】
【図1 グーグルマップによる「なんしょ」の施設名とクチコミ使用例(2011/06/16)】
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似た言い方の「らんしょ」のグーグルマップ日本分布図をみると(井上2011「Google言語地理学入門 Introduction to Google Linguistic Geography」『明海日本語16』PDF)、福島から静岡にかけてで、使用地域はやや狭いです。

【図2 図1左の例部分の拡大】

【図2 図1左の例部分の拡大】

日本語の歴史をみると、①古代には目上にも目下にも動詞の命令形を使っていました。②中世に目上に動詞の敬語の命令形を使うようになり、③今は「てください」「てもらえませんか」などを付けた、長い間接的な表現が使われます。「なんしょ」は、②の敬語の命令形で、古い言い方が方言に残ったものです。店や施設で人を呼び込むための表現として、各地でこの類の方言が再活用されています。勧誘・もてなしの方言も、全国を見渡し、日本語の歴史とからめると、新たな位置づけができます。

グーグルマップで、日本中、世界中のことばの使い方が分かります。グーグルマップの活用法は第127回に、活用例は第132137142154159回に出ています。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。