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曲のエピソード
この曲を初めて聴いたのは、ラジオから流れてきた時。すぐさま「これはモータウン・サウンドのリズムだ!」と直感した。当初はレゲエ調の曲だったらしいが、ソングライターのひとりであるジョン・オーツのアイディアで、往年のモータウン・サウンド(本連載第81回で採り上げたフォー・トップスの「Reach Out I’ll Be There」を作詞作曲及びプロデュースしたホランド・ドジャー・ホランド風の曲調)らしい曲に変更された。そのことが奏功してか、この曲はホール&オーツにとって5曲目の全米No.1ヒットとなり、4週間にわたって首位の座をキープした。
ホール&オーツ、とりわけダリル・ホールはR&B/ソウル・ミュージックの愛好家としてつとに有名で、ブラック・ミュージックの殿堂と言われるニューヨークはハーレムにあるアポロ劇場で、モータウンの人気ヴォーカル・グルーヴだったテンプテーションズのふたりのリード・ヴォーカリスト――デイヴィッド・ラフィンとエディ・ケンドリックス――と1985年に共演しているのだが、その時のダリルの嬉しそうな顔といったらなかった。まるで憧れのスターを目の前にしているかのように。なお、その際のステージでの共演はレコード化され、タイトルを「A Nite At The Apollo Live! The Way You Do The Things You Do/My Girl」(どちらもテンプテーションズのヒット曲)という。全米チャートではNo.20を記録した。そうしたことからも、このモータウン・サウンドのリズムを拝借した「Maneater」は、モータウン・サウンド、ひいてはR&B/ソウル・ミュージックへのオマージュと捉えていいだろう。ただし、歌詞の内容はかなり激烈だ。
曲の要旨
夜にしか姿を現さない彼女。見るからに男を物色してる感じだな。前にも彼女を何度か見掛けたことがあるよ。男をジッと見つめて誘いかけられるのを待っているのさ。クラブかバーで男の隣に座ってても、もっといい男が来るんじゃないかと、彼女の目は店のドアに釘付け。おーっと、噂をすれば彼女がやってきた。注意した方がいいな。何たって彼女は男を食い物にする女だから。
1982年の主な出来事
アメリカ: | 第40代大統領のロナルド・レーガンによる経済政策(いわゆるReaganomics)が失敗に終わり、インフレが進み失業率が11パーセントに達する。 |
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日本: | 東京のホテルニュージャパンで火災が発生、死傷者が67人に上る大惨事に。 |
世界: | 3月にフォークランド紛争が勃発(同年6月に終結)。 |
1982年の主なヒット曲
I Can’t Go For That/ダリル・ホール&ジョン・オーツ
Even The Nights Are Better/エア・サプライ
Keep The Fire Burnin’/REOスピードワゴン
Hold Me/フリートウッド・マック
Get Down On It/クール&ザ・ギャング
Maneaterのキーワード&フレーズ
(a) she-cat
(b) maneater
(c) rip someone or something apart
この曲を聴く度に真っ先に思い出すのは、今から約四半世紀前に横浜某所にオープンしたソウル・バーのメニューに“Maneater”という名称のカクテルがあったこと。試しに注文して飲んでみたことがあるが、味そのものは忘れてしまったものの、かなり度数の高いカクテルだったと記憶している。同店のカクテルには、全てR&B/ソウル・ミュージック、ポップスのタイトルが付けられていた。何とも洒落た手法である。もう20年以上も足を運んでいないが、“Maneater”なるカクテルは今でもメニューにあるだろうか。
女性の秘部を英語の卑語で“pussy”というのをご存知の方も多いだろうが、原意は「猫、ニャンコ」である。“pussycat”は「女の子、恋人、ガールフレンド」という意味にもなる。(a)はそれと共通の発想から出来上がった語だと思われるが、“she-devil”も同義で、「男を食い物にする女、悪魔のような女」の他に、「毒婦」という字面を見ただけでギョッとするような意味もある。おおコワ。ソングライターは、ホール&オーツと、当時ダリルが付き合っていたガールフレンドのサラ・アレン(Sara Allen/ホール&オーツの1976年のヒット曲「Sara Smile」は彼女のために書かれた曲)の3名。(a)を含むフレーズには、「彼女は贅沢好き」をほのめかす歌詞も登場する。(a)にもうひとつ意味を加えるなら、「悪女」といったところか。筆者の記憶によれば、「男を食い物にする女、贅沢好きの女」というテーマの曲は、少なくともこの「Maneater」のヒットから約3年間は続いたと思う。本連載第45回で採り上げたワム!の「Everything She Wants」(1985/全米No.1)然り、マドンナの「Material Girl」(1985/全米No.2)然り。ついでに言うと、マイケル・ジャクソンの1983年の全米No.1ヒット曲「Billie Jean」は。この「Maneater」から影響を受けて出来上がった曲だそうである。知っての通り、同曲は女性に「この子はあなたの子供(息子)なのよ」と迫られ、男性が「ビリー・ジーンは僕の恋人なんかじゃない」と激しく否定する内容だった。1980年代初頭~半ばは、こうした女性が男性をやり込める歌詞が多かったと記憶しているのだが、世相を反映しているのだろうか。
さて、タイトルの(b)である。スペルはハイフン入りの“man-eater”でもOK。直訳すれば「男を食べる人(=女性)」。日本語の「食い物にする」と同じ表現なので、当時、この単語の字面を見て何となく意味は解ったものの、直接的なタイトルに何だかゾッとしたものだった。これは、男性たちに向けての「男を食い物にする女に気を付けろ」という警告ソングだと、歌詞を傾聴して気付いた。どうやら主人公の男性は、この“maneater”の女性に痛い目に遭ったことがあるらしく、「僕が君なら彼女には近づかない。彼女の手の内を知ってるからね」というフレーズが登場する。そして「見掛けは美人だけど、腹の中はドス黒い」というフレーズでとどめを刺す。ここのフレーズを聴く度に、筆者は「美しいバラには棘がある」という言葉を思い出す。怖い怖い曲である。
ちょっと前に日本で流行した「草食系男子」「肉食系女子」という言葉から後者を拝借するなら、この“maneater”はまさに「肉食系女子」ではないだろうか。そしてその女性につかまってしまったら最後、(c)の状態に陥るのだ。“rip ~ apart”は、「~を滅茶苦茶にする、~を引き裂く」という意味で、この曲の中では「(彼女につかまってしまったら)君は全てを滅茶苦茶にされてしまうぞ」と歌われている。恐らくこの曲の主人公も、過去に同じ目に遭っているのだろう。
ここ日本でも、保険金目当てに女性が男性を次から次へと殺害する事件が起こった。そういう女性は“maneater”どころではなく、(a)の“she-cat”と同義の“she-devil”ではないだろうか。ダリルは、長年連れ添ったガールフレンドのサラと2001年に別れたそうだが、彼女がこの曲のどのフレーズにヒントを与えてくれたのか、ぜひとも知りたいものだ。筆者自身は、彼女は決して“maneater”ではなかったと想像する。もしかしたら、身近にそうした女性はいたかも知れない。