戦後、新字体が発表され、複雑な字体は、大幅に少なくなった。しかし、漢字辞書においては、その分、個々の漢字が所属する部首に工夫が必要となった。このため、従来ならば、どの辞書においても、個々の漢字が所属する部首は一定であったのが、辞書ごとに違いが生ずるようになった。
それでも、最近は、落ち着き比較的まとまる傾向が出てきているように思われる。現行のいくつかの学習辞典では、ほぼ同様の部首設定となり、所属の漢字にも余り大きな変動は見られない。昭和30年代の学習辞典では、いくつかの部首が新たに設定されたのだが、現在では、整理統合されてきたように見える。たとえば、「ク」「マ」「リ」などをはじめ、いくつかの、独立した新部首があったのである。
現在でも、たとえば、小学生用の漢字辞書のなかには、今なお、当時の痕跡とでもいえそうな処理が残っている。『三省堂 例解小学漢字辞典』(1999初版、2015第5版)には、「検索記号」としてそれらが見られる。たとえば、同辞典の、「ク」についての解説を見ると、「クの形からでも字が引けるように」ということから、「久・争・危・色・角・免・急・負・勉・亀・魚・象」の12字を挙げて、それぞれについての、正当な部首とページを示している。
現行の「常用漢字表」(平成22年11月内閣告示)および「表外漢字字体表」(平成12年12月答申)、および文化庁の管轄ではないが、「戸籍法施行規則」に収められている、「別表第二 漢字の表」が、日常的に用いられている漢字とその字体表である。もちろん、昨今の、いわゆるパソコンの普及に伴い、その使用により印字される漢字が、常時見かける漢字の字体と言っても良い。新聞等では、上記の「常用漢字表」が表記の基準となるので、これ自体は特に取り上げる必要はない。これらの中には、簡略な字体(戦後、新字体と呼ばれてきたもの)が含まれる。「常用漢字表」に含まれる字体にも、この新字体が多く含まれている。
戦後、「当用漢字表」以前には、中国の『康熙(コウキ)字典』が、日本における漢字や漢和辞典等の漢字辞典の標準でもあった。このころには、いまだ「新字体」と呼ばれる字体は、俗字体としての簡略な字体以外には見られなかった。このため、特に問題とすべき点もなかったと言って良いが、当用漢字などは、戦後の漢字表記の基準となるため、字典等にも『康熙字典』との相違が生じ、その対策上、新部首を決めたり、所属する部首を変更したりといった作業が必要になった。これが、現行の学習用漢字辞典類における、所属部首の不統一状態を生むことになった。それは従来の部首では処理できなくなったためである。
「当用漢字字体表」の誕生後は、日本の漢字と中国のそれとは、別個に発達することになった。中国においても「簡化字」が誕生し、日本の「新字体」とは別個になった。戦前までは、『康熙字典』が何かにつけて、一つの基準となっていた。活字体などは、字典体と呼ばれる、『康熙字典』の字体に準じたものが使用されてきた。これが字体表の誕生により、新字体と呼ばれるものが生まれ、従来の漢字辞典では、所属する部首まで新規に定める必要が生じた。しかし、特に統一したものが生まれたわけではなく、辞書ごとにそれぞれの基準に従い処理したため、今日においても、新字体については、所属部首が辞書ごとに異なっているのである。なお、辞書ごとの扱いは、それぞれの辞書の、「この辞典の使い方」(三省堂 例解小学漢字辞典)、「この辞書の構成と使い方」(新明解現代漢和辞典)、「凡例」(多くの辞典類)などの項を参照されたい。