漢字雑感

第13回 新字体と部首

筆者:
2016年4月11日

戦後、新字体が発表され、複雑な字体は、大幅に少なくなった。しかし、漢字辞書においては、その分、個々の漢字が所属する部首に工夫が必要となった。このため、従来ならば、どの辞書においても、個々の漢字が所属する部首は一定であったのが、辞書ごとに違いが生ずるようになった。

それでも、最近は、落ち着き比較的まとまる傾向が出てきているように思われる。現行のいくつかの学習辞典では、ほぼ同様の部首設定となり、所属の漢字にも余り大きな変動は見られない。昭和30年代の学習辞典では、いくつかの部首が新たに設定されたのだが、現在では、整理統合されてきたように見える。たとえば、「ク」「マ」「リ」などをはじめ、いくつかの、独立した新部首があったのである。

現在でも、たとえば、小学生用の漢字辞書のなかには、今なお、当時の痕跡とでもいえそうな処理が残っている。『三省堂 例解小学漢字辞典』(1999初版、2015第5版)には、「検索記号」としてそれらが見られる。たとえば、同辞典の、「ク」についての解説を見ると、「クの形からでも字が引けるように」ということから、「久・争・危・色・角・免・急・負・勉・亀・魚・象」の12字を挙げて、それぞれについての、正当な部首とページを示している。

現行の「常用漢字表」(平成22年11月内閣告示)および「表外漢字字体表」(平成12年12月答申)、および文化庁の管轄ではないが、「戸籍法施行規則」に収められている、「別表第二 漢字の表」が、日常的に用いられている漢字とその字体表である。もちろん、昨今の、いわゆるパソコンの普及に伴い、その使用により印字される漢字が、常時見かける漢字の字体と言っても良い。新聞等では、上記の「常用漢字表」が表記の基準となるので、これ自体は特に取り上げる必要はない。これらの中には、簡略な字体(戦後、新字体と呼ばれてきたもの)が含まれる。「常用漢字表」に含まれる字体にも、この新字体が多く含まれている。

戦後、「当用漢字表」以前には、中国の『康熙(コウキ)字典』が、日本における漢字や漢和辞典等の漢字辞典の標準でもあった。このころには、いまだ「新字体」と呼ばれる字体は、俗字体としての簡略な字体以外には見られなかった。このため、特に問題とすべき点もなかったと言って良いが、当用漢字などは、戦後の漢字表記の基準となるため、字典等にも『康熙字典』との相違が生じ、その対策上、新部首を決めたり、所属する部首を変更したりといった作業が必要になった。これが、現行の学習用漢字辞典類における、所属部首の不統一状態を生むことになった。それは従来の部首では処理できなくなったためである。

「当用漢字字体表」の誕生後は、日本の漢字と中国のそれとは、別個に発達することになった。中国においても「簡化字」が誕生し、日本の「新字体」とは別個になった。戦前までは、『康熙字典』が何かにつけて、一つの基準となっていた。活字体などは、字典体と呼ばれる、『康熙字典』の字体に準じたものが使用されてきた。これが字体表の誕生により、新字体と呼ばれるものが生まれ、従来の漢字辞典では、所属する部首まで新規に定める必要が生じた。しかし、特に統一したものが生まれたわけではなく、辞書ごとにそれぞれの基準に従い処理したため、今日においても、新字体については、所属部首が辞書ごとに異なっているのである。なお、辞書ごとの扱いは、それぞれの辞書の、「この辞典の使い方」(三省堂 例解小学漢字辞典)、「この辞書の構成と使い方」(新明解現代漢和辞典)、「凡例」(多くの辞典類)などの項を参照されたい。

筆者プロフィール

岩淵 匡 ( いわぶち・ただす)

国語学者。文学博士。元早稲田大学大学院教授。全国大学国語国文学会理事、文化審議会国語分科会委員などを務める。『日本語文法』(白帝社)、『日本語文法用語辞典』(三省堂)、『日本語学辞典』(おうふう)、『醒睡笑 静嘉堂文庫蔵 本文編』『醒睡笑 静嘉堂文庫蔵 索引編』(ともに笠間書院)など。

編集部から

辞典によって部首が違うのはなぜ? なりたちっていくつもあるの? 編集部にも漢字について日々多くのお問い合わせが寄せられます。
この連載では、漢字についての様々なことを専門家である岩淵匡先生が書き留めていきます。
読めばきっと、正しいか正しくないかという軸ではなく、漢字の接し方・考え方の軸が身につくはずです。
約一年にわたり連載していました「漢字雑感」は、今回にて休載いたします。