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WISDOM in Depth: #1

2007年 11月 6日 火曜日 筆者: 井上 永幸
【編集部より】
辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます。第1回は編者の井上永幸先生です。

【編者からひとこと】
 本格的にコーパスを活用した国内初の英和辞典として2002年秋に『ウィズダム英和辞典』を発刊後,2006年秋にその第2版を上梓することができた。第2版は初版の内容に更なる磨きをかけて世に送り出したが,版元の三省堂より,編集段階における苦労話やエピソードなどを紹介する機会をいただくこととなった。それぞれの項目を執筆・改訂する際に,このような新発見があったとか,このようなことも書きたかったがスペースの都合で割愛せざるを得なかったなど,編者や編集委員の立場から思い出話を紹介できればと考えている。

Corpus-BasedからCorpus-Drivenへ (1)

-語法記述編: something-

 辞書は広い意味で何らかのコーパスを利用しているわけであるが,非電子的ではあるものの辞書編集にコーパスが用いられ始めるのは Dr. Johnson の A Dictionary of the English Language (1755) あたりからである。当時のコーパスは主に用例採取が目的であったが,コンピュータの普及に伴い電子コーパスが利用できるようになると,コーパスを使った研究も多様化の一途をたどることになる。
コーパスを活用した研究には,コーパス基盤的な (corpus-based) 立場とコーパス駆動的な (corpus-driven) 立場がある。前者は,特定の仮説をコーパスに基づいて検証するというものであるのに対し,後者は既成の理論にとらわれずコーパスデータに触発されて新たな言語事実を発見したり,それらの言語事実から何らかの法則性を発見したりするというものである。

 『ウィズダム英和辞典』ではコーパスを,単なる用例採取やコーパス基盤的な使用に留まることなく,コーパス駆動的に活用することにより,これまでは英米の辞書や参考書に頼ることが多かった語法記述などを徹底的に見直し,日本人英語学習者に真に必要な語法記述を目指した。何回かに分けて,『ウィズダム英和辞典』(第2版)に盛り込まれたコーパス活用例を紹介してゆくことにする。

 まずは,somethingから見てみよう。somethingは多くの英和辞典で「何かある物[事],何か」といった訳語が与えられていることが多い。日本語の「何か」は,『大辞林』(第3版,2007,三省堂)が「内容が不定,あるいは未知であることや物を指す。『―いいことがありそうだ』『穴の中に―がいる』『心の中に―を期している様子だ』」のような説明を与えているように,通例話し手や書き手にとって未知・未定の内容を表すことが多い。一方,英語では,名前など詳しいことを知らない場合はもちろん,それらにはふれずに漠然と物事を指す場合にもしばしば用いられる。英語のsomethingを日本語で一律に「何か」に置き換えてしまうと,不自然な日本語になってしまう。『ウィズダム英和辞典』のsomething (代) 1a には,以下のような「コーパスの窓」を設けておいた。

something_corpus_mac.jpg
(クリックで拡大)

語感の鋭い人は,日常的経験からsomethingのこのような性質に何気なく気づくこともあるかもしれないが,コーパス駆動的な手法によって,英語母語話者による説明のみを参考にしていたのでは得られない情報を,日本人英語学習者の立場に立って客観的に自信を持って記述することができるようになるのである。


筆者プロフィール
井上 永幸 (いのうえ・ながゆき)

徳島大学総合科学部教授。
専門は英語学(現代英語の文法と語法),コーパス言語学,辞書学。
編纂に携わった辞書は『ジーニアス英和辞典初版』(大修館書店),『英語基本形容詞・副詞辞典』(研究社出版),『ニューセンチュリー和英辞典2版』(三省堂),『ジーニアス英和大辞典』(大修館書店)など多数。

2007年 11月 6日