WISDOM in Depth

#28 コーパスで検証する (5)

筆者:
2008年4月29日

−相対的注記−

『ウィズダム英和辞典』では,「(…より)…の方が普通」といった相対的な注記を与えることがあるが,これには2通りの状況で使われている。1つ目は,シノニム〔=類義表現〕を示すときである。ほぼ同じような状況で使用可能な表現が存在するが,頻度の上でどちらが優勢かを示している。

(1) yet 成句 and [but] yet
and [but] yet* それでも, しかし ([!](コーパス)and yetの方が普通): I offered them still more, and yet they were not satisfied. 私はそれ以上出すと言ったが, 彼らは満足しなかった.

(2) best (形) 1a
the ten best [best ten, ((まれ)) top ten best] teams in the country その国の上位10チーム ([!](コーパス)bestのないthe top ten teams in the countryの方が圧倒的に普通)

(3) who (代) 2a
There’s no one who [that] visits me now. 今は私を訪ねてくれる人はだれもいない ([!]先行詞がnoなど強い指示を示す語を含むときはthatが好まれるとされるが, 先行詞が人の場合はwhoの方が普通でthatは2〜3割程度; →that (代) 6 (語法)(1))

もう1つは,英文の正誤情報を与える際,単純な○×式の用法指示では実態を正確に表しきれないときである。規範的に「こういう表現を使うべきで,こういう表現を使うべきでない」といった立場もあるわけであるが,言葉は生き物であるので,ある程度「使うべきでない」表現が広まってきてしまうと,辞書の立場としては,そのような表現をいつまでも無視するわけにもいかなくなる。下に挙げるのは,本来の規範的な形の他に,崩れた形が現れたものの,依然として本来の形が優勢である例である。

(4) if (接) 成句 if I were you
if I were you = ((くだけた話)) if I was you ((話)) もし私があなたの立場だったら([!]助言するときの定型表現なのでif I were youが最も普通): I wouldn’t do that if I were you. 私ならそうはしないだろう…

次の例は,本来の規範的な形より崩れた形が優勢となっている例である。

(5) after (接)
Susan moved to Seattle after she (((かたく))had) graduated from college. ≒ After she (((かたく)) had) graduated from college, Susan moved to Seattle. スーザンは大学を卒業後シアトルに引っ越した([!](1)afterにより出来事の順序は明らかなのでafter節中は過去形の方が普通↑(前) 1 (語法). …

最初に挙げた頻度における優勢を示す場合,効率的な学習が期待できるし,後者の正誤用法に関連する事項を示す場合は,実際の語法の実態を知ることができる。上のような編集意図をご理解の上,効果的にご活用いただければ幸いである。

筆者プロフィール

井上 永幸 ( いのうえ・ながゆき)

徳島大学総合科学部教授。
専門は英語学(現代英語の文法と語法),コーパス言語学,辞書学。
編纂に携わった辞書は『ジーニアス英和辞典初版』(大修館書店),『英語基本形容詞・副詞辞典』(研究社出版),『ニューセンチュリー和英辞典2版』(三省堂),『ジーニアス英和大辞典』(大修館書店)など多数。

編集部から

辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典 第2版』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます(※2018年7月現在、ウィズダム英和辞典は第3版が刊行されております)。