« 「四字熟語と太宰」(その1) - 人名用漢字以外を子供の名づけに使うには (7) »

『三省堂国語辞典』のすすめ その69

2009年 5月 27日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

トップセールスを探せ!

【われらトップセールス】
【われらトップセールス】

 『三省堂国語辞典 第六版』には、新規項目が連続して入っている部分がけっこうあります。たとえば、旧版の「トップコート」から「トップ染め」の間には、新たに「トップス」「トップスピン」そして「トップセールス」の3語が入っています。

 このうち、くせ者は「トップセールス」です。英語の辞書にもなく、どうやら和製英語のようです。イギリスからの留学生に尋ねると、「知らないことばです。いちばんよく売れる商品のことでしょうか?」という答えでした。いいえ、はずれです。

 第六版の編集作業でまず集まったのは、「首相などが、自らものを売りこむ」例でした。

【社長自身が売りこみ】
【社長自身が売りこみ】

 〈昨年暮には、シュレーダー首相が直々に中国を訪問、江沢民国家主席ら中国要人にトップセールスを繰り広げた。〉(『文藝春秋』2003.4 p.175)

 ところが、原稿を書きながら、「トップセールス」には第2の意味があると思いました。会社などで「売り上げが一番多い人」のこともそう言うはずです。ただ、その意味を載せている辞書は見当たらず、手元にも用例はありませんでした。

 これはもどかしい状況です。ひとつの事実に気づいても、「そのはずだ」というだけで原稿を書くわけにはいきません。そこで、第2の意味の用例を探して、新聞や雑誌のページを繰りました。でも、欲しい用例は、そう都合よくは見つかりません。

 インターネットで検索すると、売り上げトップの社員を「トップセールス」と言う例は、たしかに多く出てきます。とはいえ、インターネットの文章は、どういう人が書き、何人ぐらいがそれを読んでいるかが分からないため、不満が残ります。

【私の現在のデータベース】
【私の現在のデータベース】

 結局、新聞各社の記事データベースで、「トップセールスを目指す新入社員」の話など、いくつかの用例を確認して、語釈の根拠としました。根拠は十分と考えましたが、自分で紙面を見て拾った用例でないことが、最後まで気になりました。

 皮肉なことに、第六版の刊行後になって、この意味の「トップセールス」を多く拾うことができました。NHKの土曜ドラマでは、車のカリスマ販売員の女性を扱った「トップセールス」が放送されました(2008年4~5月)。ドラマになるくらいですから、『三国』にこの意味を載せたのは正解だったと、ようやく安心したのでした。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

2009年 5月 27日