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国語辞典入門:小学生向け辞典 漢字表記 常用漢字

2010年 4月 21日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第15回 漢字はなるべく示してほしい

 学習国語辞典(学習辞典)は、見出しに示す漢字を、だいたい常用漢字の範囲に止めるものが多いようです。もう少し多くの漢字を載せてもらえないものでしょうか。

 子どもは、学校で習う漢字だけで生活しているわけではありません。身近に接する漢字は、むずかしくてもどんどん覚えます。たとえば、アニメの「名探偵コナン」「ケロロ軍曹」「鋼の錬金術師」に使われる「偵」「曹」「錬」などは、小学校では習いませんが、子どもたちは読めるはずです。書ける子も多いでしょう。さらには、「聖痕のクェイサー」「犬夜叉」「涼宮ハルヒの憂鬱」の「痕」「叉」「鬱」など、常用漢字にない字も、彼らはごく自然に受け入れているはずです。

 ところが、学校では、昔も今も、習っていない漢字は書かないように指導されることがあります。どれが習った字で、どれが習っていない字かなんて、子どもには判断がつきません。そこで、むずかしい字はとりあえず仮名で書いておこう、と思うようになります。これでは、漢字学習への意欲を削ぐことおびただしいものがあります。

 なるほど、学習指導要領では、学年ごとに配当漢字が決められています。でも、習っていない漢字でも、ルビを振れば使えることになっています。第一、配当漢字は、教える側の基準であって、教わる側の子どもたちが書く漢字を制限するものではありません。

 漢字を無理強いするのは論外ですが、子どもが覚えたがっているなら、その意欲を育てることは必要です。「薔薇」「憂鬱」を漢字でどう書くか知りたいと思う子はいるし、読み書きできるようになれば、だれだってうれしいはずです。

 学習辞典も、学ぼうとする子どもの気持ちに答えてほしいと思います。

 試みに、8種の学習辞典で「薔薇」を引くと、漢字を載せるものが2種、仮名だけのものが6種でした。後者の中には、「ばらで売る」の「ばら」と同じ項目に入れているものもあり、粗雑な処理と言わざるを得ません。両者は、もちろん、別語源のことばです。

 「憂鬱」を引くと、漢字を載せるものが2種、「憂うつ」とするものが5種、仮名で「ゆううつ」とするものが1種でした。アニメのタイトルの漢字を確かめようとしたのに、ひらがなしか載っていないのでは、がっかりするではありませんか。

「ぞうきん」で分かる漢字表記の方針

 学習辞典ごとの漢字の示し方の違いを、もう少しくわしく比べてみます。

 比べる項目は、手当たり次第にページを開いて抽出してもいいのですが、読者にも便利なように、特徴のある項目が1か所に集まっているページを選ぶことにします。それは、「ぞうきん(雑巾)」の載っているページです。

 「雑巾」の「巾」は常用漢字表外の字(表外字)です。このように、下側に表外字を含む熟語が、たまたま、このページに続いています。「雑巾」「象牙」「造詣」がそうです。これらをどう表記するかが、以下のように、学習辞典ごとにかなり異なっています。

 【〈雑×巾〉】/【〈象×牙〉】/【造けい・〈造×詣〉】(A辞典)
 [雑×巾]/【象げ】[象×牙]/【造けい】[造×詣](B辞典)
 【雑きん】/【象げ】[象牙]/[造詣](C辞典)
 【雑きん】/【象げ】/【造けい】(D辞典)

 このうち、漢字で書くことを最も熱心に推奨するのはA辞典です。「雑巾」「象牙」は漢字のみを示し、「造詣」は「造けい」「造詣」のどちらで書いてもいいことにしています。

 次に熱心なのはB辞典です。この辞典では、【 】(推奨表記)と[ ](参考表記)とを区別しています。つまり、B辞典は、「ぞうきん」「象げ」「造けい」の表記を勧めるものの、「雑巾」「象牙」「造詣」とも書くことを参考に示しています。

 C辞典も【 】と[ ]を区別します。「雑きん」「象げ」「ぞうけい」を勧め、参考に「象牙」「造詣」も示します。ただ、「雑きん」の「きん」をどう書くのかは示していません。

 最も漢字表記に消極的なのはD辞典です。「雑きん」「象げ」「造けい」と示すだけで、全部漢字で書くときにはどう書けばいいのか、まったく分かりません。

 私のこれまでの論旨から言えば、漢字表記を多く示すA辞典やB辞典の方針が望ましいことになります。ただ、まったく注文がないわけではありません。「雑巾」は、漢字を離れて日常語になっているので、「ぞうきん」と仮名で書いてもいいと思います。一方、「造詣」は、漢字を離れては意味をなさないので、2字とも漢字で書くのがいいでしょう。

 「雑きん」「造けい」などの交ぜ書きは、「雑菌」「造形」などと勘違いされるおそれもあり、賛成できません。なお一考を望みたいところです。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。

2010年 4月 21日