前回も述べたように、子どもは意外にむずかしい漢字を知っており、また、漢字を積極的に覚えようという子もいます。そこで、学習国語辞典(学習辞典)では、常用漢字にない字も載せてほしいと、要望を記しました。
さて、そのようにどんどん漢字を載せるとすると、次には、学習辞典で漢字のランクを示す必要はあるか、という問題が出てきます。つまり、その漢字が学習漢字なのか、学習漢字にない常用漢字なのか、それとも、常用漢字にない字(表外字)なのかという情報は必要か、ということです。「この漢字を使ってはいけません」と制限しないならば、学習漢字とか常用漢字とかいう表示はいらない、という理屈も成り立ちます。
現在、学習辞典では、漢字のランクを示すものと、示さないものとがあります。
ランクを示す場合、多くは、学習漢字(1006字)は無印です。たとえば、小学校1年生で習う【先生】【入学】も、6年生で習う【吸収】【砂糖】も、印はありません。
学習漢字にない常用漢字(939字)は、○とか▽とかいう印をつけてあります(辞書によって違います)。たとえば、【○炎○症】【○駆○逐】【○殊○勲】といった具合です。これらは、中学以降で習う漢字です。
さらに、常用漢字にない字は、×印をつけたり、参考表記(前回参照)を表す[ ]に入れたりしています。たとえば、[×鮟×鱇][×潰×瘍][×贔×屓]というように。これらは、学校では習わない字であり、一般にも漢字で書かなくていいとされます。
このほか、小学校で習う読み方かどうかなど、細かいことについても印があります。
一方、ランクを示さない場合は、当然、何の印もありません。【先生】【入学】【吸収】【砂糖】【炎症】【殊勲】など、この通り、区別なく記します。「贔屓」などの表外字はどうするかというと、そもそも漢字を示さず、「ひいき」という仮名見出しだけを立てています。
ランクの印は、示すべきか、示すべきでないか。私はこれまで、子どもは学年別配当表、常用漢字表といったことにこだわらずに漢字を覚えればいい、という趣旨のことを述べてきました。それならば、ランクを示さない辞書を支持するのかというと、まるで反対です。私は、辞書では、漢字のランクは示すべきだと考えます。
「どれから覚えればいいか」という指標が必要
どういうことか説明します。まず、私は、文章の書き手にとって、学習漢字とか、常用漢字とかいうものは、無意味とは言わないまでも、参考以上のものではないと考えています。この考えははっきりしています。
私の文章は、比較的漢字を使わないほうだと思います。本節でも、「子供」「難しい」と書かずに、「子ども」「むずかしい」と書いています。「供」「難」は常用漢字にありますが、ひらがなにしています。
一方、常用漢字にない字は、律儀に、できるだけ使わないようにしています。例外として、音読みする熟語は、だいたい漢字で書きます。たとえば、「牽引」の「牽」は表外字ですが、「けん引」とは書きません。
一般に、誰だって、漢字を書くときには、その字が漢字表にあるかどうかなんて、あまり気にしません。その字が常用漢字かどうか、いちいち確かめながら書くのは、役所やマスコミなど、限られた範囲の人だけでしょう。したがって、一般的な文章の書き手に対して、辞書が○や×などの記号で漢字のランクを示す必要性は薄いと思います。
ところが、漢字を覚えるために辞書を引く人に対しては、漢字のランクを示すことは絶対に必要です。とりわけ、大量の漢字を学習中の子どもにとって、その漢字が「今覚えるべき字か」「もっと大きくなってから覚えればいい字か」「必ずしも覚えなくても差し支えない字か」というランクが示されているかどうかは、学習効率に大きく影響します。
すべての漢字が無印で出ていると、その辞書を使う子どもは、それらの漢字を片っ端から覚えなければならないのかと思ってしまいます。優先順位が分かりません。小学生であっても、中学以降で習う漢字を積極的に覚えていいわけですが、覚えたくない子は、べつに無理をしなくてかまいません。【○炎○症】【○殊○勲】と印があれば、「これは後回しでもいいんだ」と分かり、気持ちが楽になります。
要するに、ランクを示す印は、子どもの学習意欲を抑えるためのものではなくて、どれから手をつければいいかを示す指標の役割を果たすものです。辞書には必要なものであり、これがない辞書は、子どもを途方に暮れさせます。ランクを示さず、しかも、むずかしい漢字はひらがなにしてしまうというのは、きわめて不親切なやり方です。
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注 今回から、文章中に使う漢字を少し増やします。「頃」「誰」「謎」などは、今まで仮名書きにしてきましたが、今年告示される見込みの新常用漢字表に入っているため、漢字で書くことにします。部分的にせよ、「律儀に」漢字表を目安にしてきた私は、規則が変わるたびに振り回されることになりそうです。