談話研究室にようこそ 第6回 テクストとコンテクスト(その2)
2011年 6月 30日 木曜日 筆者: 山口 治彦第6回 テクストとコンテクスト(その2)
今回,対話のやりとりと対照させたのは,ファックスによる通信文という比較的単純なものでしたが,もっと複雑なケースも私たちの身の回りにはたくさん存在します。たとえば,小説はどうでしょうか。
小説はお話(語り)の形式を持っています。そこには,書き手(作者)と読み手(読者)とは異なる第三者,つまり,登場人物が必ず存在します。伝達がおこなわれている「今,ここ」とは無縁の,架空の出来事が語られます。また,作者とは異なる人格の語り手が現れたり,「私」と名乗る語り手が出てこなかったりもします。しかも,作者は小説にまつわる伝達意図を読者に直接的に明かすわけではありません。明らかにファックスによる通信とは異なる,複雑な状況が生まれるわけです。
そして小説では,ファックスの文面よりもはるかに間接的で繊細なかたちで,アイロニーが伝えられることがあります。ことに,欧米の小説では,間接引用(描出話法)で提示された登場人物のことばに,語り手の皮肉な声がひそやかに響く現象がしばしば問題となります(具体例については,小池生夫(編)『応用言語学辞典』(研究社, 2003)の「語る声と引用表現」の項や,拙著『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版, 2009)のpp.32-34をご覧ください)。
対話のやり取り,ファックス通信文,そして小説。コンテクストが特殊化され複雑になるにつれ,アイロニーという同一の現象も繊細で間接的なものになるのです。
さて,これまでの観察から明らかになったことがふたつあります。ひとつは,テクストはしばしば発せられたコンテクストに見合ったかたちをしていること。そしてふたつ目は,コンテクストが複雑になると,ことばも複雑になるということです。
このふたつを本連載のテクスト分析の指針としようと思います。
ひと口にテクスト分析と言っても,そこに定まった分析手順があるわけではありません。テクストを前にして,分析者はその持ち味をあぶりだす方法を毎回,個別に考案せねばなりません(これが実は,大変なんです)。
しかし,テクストの形態的特徴がコンテクストの必然に裏付けられるものなら,コンテクストとの関係を問うことによってテクストの特徴が説明できるはずです。この連載は,テクスト分析にひとつの指針を提示する試みでもあります。
と,少し堅苦しいことを述べました。次回からは,テクストの姿をもっと具体的に眺めることにします。まずは,一般的な(?)呪文の特徴について考え,そのうえで『ハリー・ポッター』シリーズの小説とコンピュータ・ゲームの『ドラゴン・クエスト』の呪文を取り上げます。
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【筆者プロフィール】
神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。
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【編集部から】
雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。









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