ことばを発するキャラクタの格はとりあえず4類に大別できるとして、まず『特上』を紹介し、次に『目上』と『目下』について述べ始めたところで前回は紙面が尽きた。『目上』と『目下』についてさらに説明を加えてみよう。
『目上』と『目下』はお互いを要求する。『目上』は『目下』あっての『目上』であり、『目下』は『目上』があってこその『目下』である。
えらいセンセイどうしのケンカというのは、酒場でも、そして論文上でも、主張が対立してというよりは、「オレは『目上』だ。おまえ『目下』になれ」「何を言う。『目上』はオレだ。おまえこそ『目下』になれ」という、『目上』のキャラの奪い合い、『目下』のキャラの押し付け合いということが、実は多かったりする。えらいセンセイ2人が出ていらっしゃる会議で、最後あたりにAセンセイが総括的なコメントをされるとBセンセイがそれに続いてまた総括され、負けじとAセンセイが総括され、さらにBセンセイが総括して会議が終わらないというのも「会議を締めるのはオレ」という、『目上』のキャラの取り合いである。(あー、言っちゃったよ。でも、すーっとした。) 自分もふだんは『姉御』キャラで通しているけど、この相手は手練れの『姉御』キャラでなかなか手強そうだから、ここはかわいい『妹』キャラで相手を立ててやるかという女の子の方が(第8回)、身のこなしが柔軟でしたたか、理性的とさえ言えるかもしれない。
逆に、宴会で上座を譲り合うのは『目下』の奪い合い、『目上』の押し付け合いである。『目上』がいつも皆に人気があるわけではない。何かあれば責任をとらされ、何もなくても「傲慢だ」「えらそうだ」と叩かれがちな『目上』より、大人しくかしこまっている『目下』の方が気楽でいいと、しばしば人気が集中する。
このように『目上』と『目下』はお互いを要求する関係にはあるが、ことばの上では、両者はそう対照的ではない。というのは、『目上』のキャラは「スタイルを選択できる」という大きな特徴を持っているからである。
『目上』だからといって、いつもぞんざいなスタイルでしゃべるとはかぎらない。『目上』のキャラは、ぞんざいなスタイルでもしゃべれるが、丁寧なスタイルでもしゃべれる。
たとえば、『目下』から「お願いできますでしょうか」と言われたら、『目上』の『男』は「おお、わかった」などとぞんざいなスタイルで返事できる。『目上』の『女』は「おお」「ああ」は言いにくいが、「うん、わかった」なら『男』『女』を問わずいける。だが、それだけでない。『男』であれ『女』であれ、『目上』は『目下』に「はい、わかりました」と丁寧なスタイルでも返事できる。
念のために言っておくと、『目上』の丁寧なスタイルのことばは、『目下』のことばと同じではなく、微妙にズレている。たとえば、『目上』はいくら丁寧なスタイルでも「はっ、わかりました」とは返事できない。「はっ」は『目下』のことばだが、『目上』の丁寧なことばではない。
このようにスタイルが選択できる自由な『目上』とは違って、『目下』のキャラはもっぱら丁寧なスタイルでしゃべり、ぞんざいなスタイルではしゃべれない。
といっても、現実社会の下位者が上位者に対していつも丁寧にしゃべる、というわけではもちろんない。話し手のキャラクタと社会的地位は別物である。現実世界の上位者に対して下位者がぞんざいなスタイルでしゃべる、つまり生意気なタメ口をきくことはめずらしくないが、その時、下位者は『目下』のキャラではしゃべっていない。
では、この時、下位者は上位者を見下して『目上』キャラでしゃべっているのか? まさかそんなことはない。それなら『中』キャラか? いや、そんなものはない。
ま、ごゆるりとお話ししましょう。