歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第17回 Change The World(1996, 全米No.5, 全英No.18)/ エリック・クラプトン(1945-)

2012年2月1日
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●歌詞はこちら
//www.songlyrics.com/eric-clapton/change-the-world-lyrics/

曲のエピソード

ロック・ミュージック史上にその名を深く刻むクリーム(Cream/1966-68/以降、何度か再結成している)の創設メンバーのひとりにして、今なお高い人気を誇るシンガー/ギタリストのエリック・クラプトン。日本での人気も高く、この曲は彼の代表曲のひとつとして認知されている。

R&B界の敏腕シンガー・ソングライター/プロデューサーとして、1980年代後期から頭角を現したベイビーフェイス(Babyface/1959-)とのデュエット・ナンバーであるこの曲は、ジョン・トラヴォルタ(John Travolta/1954-)が主演した映画『PHENOMENON(邦題:フェノミナン)』(1996)のオリジナル・サウンドトラック盤からシングル・カットされて大ヒットした。グラミー賞では3部門を受賞。クラプトンの自作自演、もしくはベイビーフェイスとの共作&共演曲と思われがちだが、じつはこの曲は、アメリカの女性カントリー・シンガーのワイノナ・ジャド(Wynonna Judd/1964-)がオリジナル。が、彼女のヴァージョンはほとんど知られていないため、クラプトン&ベイビーフェイスによるこのヴァージョンをオリジナルだと思い込んでいる人々は多い。

曲の要旨

もしもこの世が自分のものだったなら。もしも自分の力で世界を変えることができたなら、どんなにか素晴らしいだろう。それが実現するとしたら、その時、王の座に就いた僕は君を女王として迎え、ふたりでこの世を統治するだろう。それが僕の切なる願い。君が望むなら、空に輝く星もプレゼントしよう。そのためには、僕が世界の頂点に立たなくては。夢物語だけれど、僕が君を思う気持ちが、それほど深いってことだよ。

1996年の主な出来事

アメリカ: ビル・クリントンが大統領選で再選される。
  アトランタ・オリンピック開催。
日本: 村山富市首相が退陣し、橋本龍太郎内閣が発足する。
世界: BSE(狂牛病)騒動が世界中を震撼させる。
  イギリスのチャールズ皇太子とダイアナ妃の離婚が成立。

1996年の主なヒット曲

Because You Loved Me/セリーヌ・ディオン
Always Be My Baby/マライア・キャリー
Macarena/ロス・デル・リオ
Don’t Speak/ノー・ダウト
Un-Break My Heart/トニ・ブラクストン

Change The Worldのキーワード&フレーズ

(a) change the world
(b) in one’s universe
(c) a fool

この曲がクラプトン&ベイビーフェイスによるオリジナル・ソングではない、ということを筆者に教えてくれたのは、戦友とも言うべき男友だちのS(2011年4月に死去/享年52)だった。1996年、筆者はまだ原稿執筆にワープロを使用していたため、インターネットとは無縁だった。Sもまた、亡くなるまでパソコンを持たない旧弊型人間だったのである。なのに、この曲の背景を遂に突き止めた。その探究心には本当に感服する。昔の洋楽愛好家は、現在とは違って得られる情報が極端に少なかったから、自分の耳と足でせっせとかき集めたものだった。飢餓感が探究心の源だった時代。

Sが教えてくれたおかげで、この曲のオリジナルが想像もしなかった女性カントリー・シンガーによるものだという事実を知った。もうビックリである。英語で歌われた洋楽ナンバーは、異性間でカヴァー・ヴァージョンがレコーディングされる際、歌詞にある“he”を“she”に変えたり、その逆にしたりと、意外とすんなりできるものだ。二人称の“you”からは性別がうかがい知れないので、オリジナルを歌っていたアーティストが女性であっても、また男性であっても、異性がそのまま歌詞を歌ってカヴァーすることができる。このカヴァー・ヴァージョンでも、性別をうかがわせる箇所が巧みに書き換えられている。

(a)からすぐさま思い浮かぶのは、アメリカの第44代大統領バラク・オバマ氏が選挙運動の際に盛んに用いていたキャッチ・フレーズの“CHANGE”である。“Change, we can!(この国に変革をもたらすこと、私たちにはそれが出来る!)”というのがもとのセンテンス。(a)を直訳するなら「世界を変える」だが、この曲では、「この世に変化をもたらす」ではなく、「世界を征服できるなら」のニュアンスで用いられている。かなりひねった意訳をすると、「僕に全知全能の力が備わったなら」となるだろうか。俗っぽい言い方をすれば、「僕に魔法が使えるなら」でもいい。その先にある望みは、「実現しそうにないことをやってのけることができるのに」という、人間なら誰もが抱く果てない願望。曲を聴き進むにつれて、そのことがハッキリする。この男性の望みは、愛しい女性を射止めること、それに尽きる。だから彼は、彼女の気を引くために、実現しそうにもないことを夢物語として彼女に向かって語り聞かせているのだ。

洋楽ナンバーを訳していると、よくこういうフレーズに出くわす。

When you came into my world …(君が僕の目の前に現れた時…)

You are my world./You mean the world to me.(あなたは私のすべてです)

そうしたフレーズから、“world”は字面通りの「世界」ではなく、「~の人生、~の日常、~にとってなくてはならないもの」を比喩的に指す場合がある、ということに気づく。(b)は、それらとほぼ同じ意味で用いられており、「~の宇宙の中で」と直訳してしまうと大仰になってしまうし、それどころか誤訳っぽくなってしまう。では、「僕は君の宇宙における太陽の光になりたい」とは、具体的にどんなことを言っているのか?

“universe”を先ほどの“world=人生、日常”に当てはめると解りやすい。つまりこの男性は、愛する女性に向かって「君の毎日を明るく照らす太陽のような存在になってあげる」と言っているのである。端的に言えば、「僕が君を幸せにしてあげる」ってこと。筆者の経験上、「人生、日常」を表す比喩的単語として“universe”が用いられている洋楽ナンバーには余りお目にかかったことがないので、(b)のフレーズは非常に印象深い。

去る2011年10月5日に56歳の若さで病没したIT業界の寵児、スティーヴ・ジョブズ氏(Steve Jobs/1955-2011)が、2005年にアメリカのスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチは今も語り草になっている。最も有名な言葉に“Stay hungry, stay foolish.(貪欲であり続けろ、愚かさを保て)”というのがあるが、(c)の“fool”は、ジョブズ氏の言葉の“foolish”に相通ずるものがある。そこのフレーズを直訳すれば、「僕が国を統治し、君を妃に迎えるその時まで、僕は愚か者であり続ける」となるが、ここの“fool”は、「愚か者、馬鹿なやつ」ではなく、「夢追い人」の意味合いが強い。「(途方のない夢が実現するまで)僕は夢を追い続けるだろう」と言っているのである。ジョブズ氏の名言を「愚かであれ」、「馬鹿であれ」と直訳した日本のメディアが大半だったが、そこは「見果てぬ夢を追い続けろ」とするべきだろう。言葉を補足して解釈するなら、「世間の人々に何と言われようと、いつかは必ず夢を実現させるんだ、という気持ちを捨てるな」と、筆者には思えてならない。「愚かであれ」、「馬鹿であれ」――直訳って、ホントにつまらない。

クラプトンとベイビーフェイスは、原曲の歌詞を男性が歌っても不自然ではないように、巧みに変えて(queen→king、king→queen)、あたかも生まれたての新曲のように歌ってみせた。クラプトンの熱心なファンの中には、「これが彼の自作じゃないと知って落胆した」と思う人もいるようだが、彼自身が綴った曲ではないにせよ、曲の出来栄えが素晴らしいことには変わりがない。これが彼とベイビーフェイスによるオリジナル・ナンバーだと勘違いされるほど、カヴァー・ヴァージョンの完成度が高いということなのである。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。