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「百学連環」を読む:学術に関わる施設

2012年 9月 7日 金曜日 筆者: 山本 貴光

第74回 学術に関わる施設

 文学の話を終えて、学術に用いられる道具や装置に話が移ってきたところでした。続きを読んでみましょう。

器用に二ツの區別あり。direct, indirect. 上の一ツは直チに用立ツものなり。又下の一ツは漸々廻り――て助けとなるを云ふなり。又其上に institution なるあり。その設けとは school, university, 或は academy, college, gymnasium. 皆學校の名にして、即ちインスチチュションなるものなり。唯タ教に依て名の區別あり。

(「百學連環」第32段落第10文~第16文)

 上記の英語の言葉のうち、次の二つについては左側に漢語が添えられています。

institution 設建物
university 大學校

 訳してみます。

器械の用い方には、直接と間接の二つの区別がある。直接とは、直ちに役立つものだ。間接とはめぐりめぐって助けとなるもののことである。また、その上に「施設(institution)」がある。具体的には、学校、〔総合〕大学、学士院、単科大学、ギムナジウムなどがある。これらはいずれも学校の名称であり、施設である。教えることに応じて名称も区別しているのである。

 西先生は、ここで器械の直接・間接の使い方について具体例を出していないため、具体的になにを念頭に置いているのかは不明です。

 institutionを西先生は「設建物」としていますね。設け建てられた物ということでしょうか。現代語訳のほうでは「施設」としてみました。「機構」や「制度」という意味合いも重なる話ですね。

 また、各種学校についても、仮にこのように訳してみましたが、ギムナジウムが体育館のことなのか、ドイツ式の高等学校を指すのかは決めかねるところであります。

 ただ、この箇所は、学術に関連する道具や機械の延長上で、さらに大きな施設・制度である各種の学校に言及していることは明らかです。ここは、このくらいで満足することにして、先に進みましょう。

 上の説明の後、改行せずに次のように続きます。

其他 museum, museum of antiquity. 上なるものは凡そ世界中ありとあらゆる物を集めて、以て四方に通するの便りにし、下なるものは太古の萬物を集めて、以て溫古の便に供す。

(「百學連環」第32段落第17文~第18文)

 例によって英単語の左側に漢語が見えます。

museum 博物館
museum of antiquity 博古館

 「博古館」とは、いまではあまりお目にかからないかもしれない言葉です。古い時代のものを博く集めた館ということになりましょうか。とはいえ、現在でも例えば、住友家のコレクションを収蔵する「泉屋博古館」(昭和35年設立)という施設があります。

 また、これは『日本国語大辞典』の「博古館」の項目で教えていただいたのですが、『米欧回覧実記』にこんな用例があります。

南亜米利加ノ智利ハ、銅ノ名所ニテ、此国ノ土人、古昔ノ銅器トテ、各国ノ博古館ニ陳ネルヲミル

(久米邦武編『特命全権大使 米欧回覧実記』第二編英吉利国ノ部 第三十四巻 新城府ノ記下、田中彰校注、岩波文庫、第2分冊、p.270)

 これは、岩倉使節団が明治4年(1871年)から明治6年(1873年)にかけて行った海外視察の記録『米欧回覧実記』の一部です。ニューキャッスルで銅の精錬場を見学するくだりで、上のような話が出たのでした。「智利」は「チリー」とルビが振られています。チリは銅の名産地で、原住民が使っていた古い銅器が、各国の博古館に並んでいるというわけです。

 さて、少し寄り道しましたが、先の文章を訳してみます。

その他に博物館や博古館がある。博物館とは、およそ世界中のあらゆるものを集めて、世界を知るための便宜とするものである。博古館は、太古の万物を集めて、古きを知るための便宜を提供するものだ。

 museumという言葉をどう翻訳するかということは、それ自体問題を含んでいます。日本語では主に「博物館」と「美術館」という言葉を使いますが、その基にある英語はいずれも museum でした。区別する場合、Art museumと記す場合もありますが、例えば、「グッゲンハイム美術館」と訳される施設は、Guggenheim Museum だったりもします。

 それはさておき、西先生の見立てでは、ここで触れられている二つの施設では、どうやら空間と時間の区別がなされているようです。つまり、

博物館 世界中
博古館 太古

 という具合に、アクセントの置かれ方が違います。「博物館」ではどちらかというと過去とは言わずに「世界中」といい、「博古館」ではどちらかというと世界中とは言わずに「太古」といっていますね。

 博物館については、次回に続きます。

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――=くの字点上〳(U+3033)+くの字点下〵(U+3035)
※縦書きで〱となり、「廻り廻りて」となります。

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筆者プロフィール

山本貴光(やまもと・たかみつ)

『コンピュータのひみつ』(朝日出版社) ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

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【編集部から】
細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。

2012年 9月 7日