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Do You Really Want To Hurt Me(1982/全米No.2,全英No.1)/カルチャー・クラブ(1981-)

2012年 11月 21日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第58回

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●歌詞はこちら
http://www.lyrics.com/do-you-really-want-to-hurt-me-lyrics-culture-club.html

曲のエピソード

女装が趣味の男性を英語では“drag queen”というが――元NBAの選手デニス・ロッドマンを思い浮かべる人もいるだろう――必ずしもその人物が同性愛者とは限らない。ただ単に女装が好きな男性をそう呼ぶこともある。カルチャー・クラブが世に登場してきた時、リード・ヴォーカルのボーイ・ジョージを“drag queen”のひとりだと思った人も多かったのではないだろうか。少なくとも筆者は、1982年当時、そう信じて疑わなかった。「彼はユニセックス的なファッションに身を包んでお化粧もしているけれども、恐らく素顔は普通の男性(恋愛嗜好がストレートな人)なのだろう」と。が、それが大いなる勘違いであることが、後に判明する。

1980年代初頭は、いわゆるブリティッシュ・インヴェイジョン(イギリス出身のアーティストがアメリカの音楽マーケットで大躍進を遂げること)の旋風が巻き起こっており、当時、ただ単に日がな一日FEN(現AFN)を流しているだけでも、何度もイギリス人アーティストの曲が何かしら聞こえてきたものである。かつて洋楽愛好家の間で「君完(きみかん)」の略称で呼ばれていたこの曲――当初の邦題は「冷たくしないで」、後に「君は完璧さ」に変更(邦題の略称はair conditioner=エアコン、remote control=リモコンと同じ原理である)――も、言葉は悪いが耳にタコができるほど流れていた。既にMTV時代に突入していたため、洋楽専門TV番組でも、何度もこの曲のPVが放映されたものである。ボーイ・ジョージの出で立ちは、当時の人々にとってかなり異様に映ったかも知れないが、男性アーティストがメイクを施したり、ユニセックス的なファッションに身を包んだりすることは、当時の風習としてごく普通のことであった。そうした傾向のイギリス人アーティストを筆者が初めて認識した対象はデイヴィッド・ボウイであるが、カルチャー・クラブと同時代にヒット曲を連発していたイギリス出身のアーティストたち――デュラン・デュラン、ヒューマン・リーグなど――も、普通に男性メンバーたちがメイクを施し、華美な衣装に身を包んでいたものである。そういう点では、実はかなり保守的なアメリカ社会と較べて、イギリスのそれは寛容だ。

今年51歳(!)になったボーイ・ジョージは、同性愛者だった。彼らのデビュー・アルバム『KISSING TO BE CLEVER(邦題:ミステリー・ボーイ)』(1982)からの3rdシングルだった「君完」(アメリカにおけるデビュー曲)は、当時、ボーイ・ジョージと恋愛関係にあったグループのドラムス担当、ジョン・モスとの間柄について綴られたものである。当時、彼が“歌詞の内容が余りに個人的だ”として、シングル化に難色を示した、ということは、この曲がデビュー・アルバムの一番最後に遠慮がちに収録されていたことからも推し量れるのではないだろうか。“Why do you hurt me?(君はどうして僕を傷つけるの?)”と歌う代わりに“Do you really want to hurt me?(本気で僕を傷つけたいと思っているの?)”という、やや持って回った言い回しは、男女間の恋愛を歌ったラヴ・ソングでは、あまりお目にかかれない表現である。レゲエ調のバックグラウンド・ミュージックの心地好さも相まって、本国イギリスでは堂々のNo.1、全米チャートでもNo.2を記録し、カルチャー・クラブは一気に人気バンドとなった。ボーイ・ジョージの複雑な感情とは裏腹に……。

曲の要旨

君をこんなにも想っているのに、君の目にはそんな僕の姿が滑稽に映っていたんだね。それが判った今、どうやって僕は君に本心をぶつければいいのさ? 心底、君は僕を傷つけたり僕を泣かせたりしたいと思っているの? 今の僕には、君の口づけや愛の言葉が辛くてたまらない。僕にとって大切な人たちは、そういうのは恋愛の進展に付きものだって言うけれど、僕には納得できないな。このままでは、いつまでも今の悲しい気持ちを引きずってしまいそうだよ。君は本気で僕の心をズタズタにしたり僕を嘆き悲しませたりすることを望んでいるの? 答えてよ。

1982年の主な出来事

アメリカ: 第40代大統領のロナルド・レーガンによる経済政策(いわゆるReaganomics)が失敗に終わり、インフレが進み失業率が11パーセントに達する。
日本: 東京のホテルニュージャパンで火災が発生、死傷者が67人に上る大惨事に。
世界: 3月にフォークランド紛争が勃発(同年6月に終結)。

1982年の主なヒット曲

Don’t You Want Me/ヒューマン・リーグ
Abracadabra/スティーヴ・ミラー・バンド
Who Can It Be Now?/メン・アット・ワーク
The Girl Is Mine/マイケル・ジャクソン&ポール・マッカートニー
Maneater/ダリル・ホール&ジョン・オーツ

Do You Really Want To Hurt Meのキーワード&フレーズ

(a) give one time to ~
(b) Do you really want to hurt me
(c) Everything’s not what one see(s)

とにかくカルチャー・クラブの出現は衝撃的だった。それ以前、情報が極端に少なかった時代には、アーティスト写真(日本の洋楽業界では、これを略して“アー写”と呼ぶ)もロクになく、ファルセットを駆使して歌うR&Bヴォーカル・グループの性別が判らず、日本盤シングルのピクチャー・スリーヴに“男か女か? 謎のグループ登場!”のようなキャッチ・コピ―が躍っていたものだった。ところが、カルチャー・クラブの場合は、音楽よりもヴィジュアル面が先行していたきらいがある。何しろリード・ヴォーカルのボーイ・ジョージのルックスが際立っていた(誤解を恐れずに言えば、ある種の“異形”とも捉えられるほど個性的だった)。一度見たら決して忘れない、独特のヘア・スタイルと濃いめの化粧。そして、そのルックスからは想像もつかない男性的な歌声……。この曲を初めて“聴いた”のではなく、初めて“(PVで)見聴きした”人々は、まずはそのルックスに強烈な印象を抱[いだ]いたに違いない。筆者もまた、「何だ?! このグループはっ?!」と、かなり驚愕したのを憶えている。R&BチャートでもNo.24を記録しているため、FENのブラック・ミュージック専門のラジオ番組でもしょっちゅう流れていた。ほどなくして、「冷たくしないで」という意訳による邦題を知るに至る。そして、気付いたら「君は完璧さ」という、やや飛躍した訳の邦題が新たに施されていたのだった。同一の洋楽ナンバーに異なる邦題が施されるという現象はたまにあるが、カルチャー・クラブの「君は完璧さ」は、その略称と共に、筆者の頭から決して離れない邦題のひとつとなってしまった。意訳のし過ぎ、と言ってもいい邦題である。個人的には「冷たくしないで」の方が気に入っていたのだが……。

1986年にいったん解散し、1998~2002年に再結成して活動を再開したものの、ボーイ・ジョージがソロ活動に専念したり、或いはスキャンダル(彼は薬物依存症だった)などもあったりして、約10年間、バンド活動は再び休止期間に突入。昨2011年に9年ぶりに再々結成を果たし、現在に至るまでバンドとして活動を続けている。バンド活動であれソロ活動であれ、ボーイ・ジョージがステージに立ったなら、この曲をパフォーマンスしないわけにはいかない。観客の中には、「君は完璧さ」を聴きたいがために彼(彼ら)のライヴに足を運ぶ人も少なくないのだから。

英語に長けた筆者の旧友(男性)が、初めてニューヨークへ旅行に行った際、美人の白人女性に“Do you have THE time?”と声を掛けられ、嬉しそうにいそいそと後をついて行こうとしたところ、その女性は訝しげな表情を浮かべてその場を去った、という話を聞いた。今では笑い話だが、ご想像の通り、彼は「今、(私と付き合う)時間ある?」と勘違いしたのである。彼女は“What time is it (now)?”もしくは“What is the time?”と訊ねる代わりに“Do you have the time?”と言ったに過ぎない。“tell the time(時計の文字盤が読める)”という言い回しからも判る通り、“time”に定冠詞の“the”が付く場合、意味が単なる「時間」ではなくなる場合があるため、要注意だ。旧友は、後でそのことに気付き、己の振る舞いを激しく恥じたという(苦笑)。定冠詞のあるなしによっては意味がまるで違ってしまう英文というのは、実は結構あり、(a)もまた、その類のひとつ。ここでは定冠詞も不定冠詞もついていないため、額面通り“僕(私)に~する時間を与えてくれ”、つまり“僕(私)に~する余裕をくれ”と言っているフレーズである。“Give me time.”と言えば、「(~する)時間をくれ」という意味。ボーイ・ジョージは恋人に向かって、「僕が犯した罪(愛してはいけない人を愛してしまったということだろう)に気付くまでの時間的余裕をくれ」と歌っている。この最初のフレーズだけで、彼が尋常ならざる恋に身を投じていることが判ろうというもの。やや解りにくいフレーズなので、言葉を補足しつつ、以下のように書き換えてみた。

♪I feel guilty about loving you, so just give me time to make me realize that I am.

上手い意訳の邦題「冷たくしないで」から、かなりブッ飛んだ邦題「君は完璧さ」に変わってしまったタイトル部分が歌われている(b)には、ボーイ・ジョージの切ない恋心が色濃く反映されている。曲のエピソードでも触れたように、この言い回しはかなり回りくどい。すんなりと“Don’t hurt me.(僕を傷つけないで)”と言えばいいものを、わざわざ疑問文にして、しかも“really”まで付け加えて強調して言っているのだ。口語的にタイトルを訳すなら、「マジで僕を傷つけたいと思ってるわけ?」となるだろうか。そして、当時ボーイ・ジョージの恋の相手だったジョン・モスは、彼の問いかけに何と答えたのだろう? 30年前に抱[いだ]いた疑問が、またぞろ頭をもたげてきた。

英語の諺のひとつに、“You can’t judge a book by its cover.(本の表紙だけを見てその中身を判断することはできない=表紙で中身の良し悪しを推し量ることなかれ)”というのがあるが、(c)はそのニュアンスに似ている。直訳すれば「万物は目にした通りではない」、言い換えるなら「全ての物事は表層的なものでは推し量れない」となる。(c)のフレーズこそが、ボーイ・ジョージがこの曲で最も訴えたかった心情だと、何かで読んだ記憶がある。「物事が見掛けどおりだとしたら、人生、面白くも何ともない」というのが、彼の考え方であると。そして筆者もまた、そのフレーズに甚く共感する。深読みかも知れないが、ボーイ・ジョージは、(一般常識からすれば)奇妙奇天烈な見掛けであっても、心の中は違うのだと、そう訴えたかったのではないだろうか。そもそも人の心など、そう簡単に推し量れるものではないのである。恐らく彼は、本心をひた隠すために表層的なこと(ファッション、化粧、柔らかい物腰)で以て、自分自身を覆い尽くしていたのだろう。それを自己欺瞞と切って捨てるのは容易いだろう。が、その前に、この曲のタイトルが何故に“Why do you hurt me?”ではなく、“Do you really want to hurt me?”という婉曲的な言い回しだったかに思いを馳せる必要があると思うのだが。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2012年 11月 21日