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曲のエピソード
1980年代初頭~半ば過ぎ、R&B/ソウル/ファンクのバンドはこの世の春を謳歌していた。ニューヨーク州ホワイト・プレインズ出身のアトランティック・スターもその時代を盛り立てたバンドのひとつで、中心メンバーは、長男ウェイン(ヴォーカル&キーボード担当)、次男デイヴィッド(ヴォーカル&ギター担当)、三男ジョナサン(トランペット担当)のルイス三兄弟、そして紅一点のシャロン・ブライアント(リード・ヴォーカル/1984年にソロ・シンガーに転向するため脱退)の4人。加えて、結成当初は、ベース、ドラムス担当の他、ホーン・セクション担当のメンバー数人も在籍しており、総勢9名の大所帯バンドだった。が、シンセサイザー全盛時代に突入すると、人員と経費削減のため、多くのバンドが楽器担当のメンバーを次々と解雇。アトランティック・スターもその例外ではなく、約1年半ぶりにリリースした新譜『AS THE BAND TURNS』(1985/R&Bアルバム・チャートNo.3、全米No.17/ゴールド・ディスク認定)では、タイトルが示すように、5人編成となって“新生バンド”として再出発を果たしている。その際、脱退したシャロンに代わってバーバラ・ウェザーズ(1991年に脱退し、ソロ・シンガーに転向/ウェインと婚約していたが、後に破棄)が新加入した。
「Secret Lovers」は、同アルバムからの3rdシングルで、曲単位でヒットしたのは翌1986年になってからだが、筆者の記憶を辿ると、アルバムがリリースされた時点で(特にアフリカン・アメリカンの人々から)多くの支持を集めていた。当時、US盤LPがリリースされるや、行きつけの有楽町のレコード店MORNING SUN(だいぶ前に廃業/筆者が最も愛したレコード店のひとつ)に電話で取り置きを頼み、一両日中に買いに行って毎日のように愛聴したものである。初めて『AS THE BAND TURNS』を聴いた際に、「Secret Lovers」は必ずやシングル・カットされるだろうとピンと来た。が、よもや彼らにとって、初のクロスオーヴァー・ヒットになろうとは……。当時のブラック・ミュージックの大所帯バンドにとって、R&Bチャートでのヒット曲はあっても、全米チャートでのクロスオーヴァー・ヒットを放つのは至難の業だったのである(数少ない例外がアース・ウィンド&ファイア)。何しろ、この曲が大ヒットするまで、アトランティック・スターには、全米トップ40入りのヒット曲がたったひとつしかなかったのだから(1982年リリースの「Circles」/R&BチャートNo.2,全米No.38)。「Secret Lovers」が大ヒットした最大の要因は、当時のアメリカ社会で起きていた、ある突発的な、そして不思議な現象――時ならぬ不倫の流行――だった。
曲の要旨
お互いに家庭のあるふたりが、こうしてこっそりと逢瀬を重ねるのは人の道に外れていると思うけれど、どうしても会わずにはいられない。とにかく、誰にも気付かれないように注意しなくちゃ。こんなにも愛し合っているのに、どうして不倫というだけで世間からは白い目で見られてしまうの? 表では貞淑な妻、誠実な夫を演じてはいても、こうして人目を憚る恋愛関係を保つのは、本当に大変なこと。それでも“秘密の恋人同士”のふたりは、お互いの気持ちに逆らえず、誰にも気付かれないように愛を温めていくしかない。世間の人々も、ふたり同様、人目を忍ぶ恋愛をしているのでは……?
1985年の主な出来事
アメリカ: | レーガン大統領が就任したばかりの旧ソヴィエト連邦のミハエル・ゴルバチョフ書記長とスイスのジュネーブで初対面を果たし、米ソ首脳会談が実現。 |
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日本: | 歴史的な円高を経て、いわゆる“バブル景気”の時代が到来。 |
世界: | イギリスのロンドンやバーミンガムなどの主な都市で大規模な暴動が発生。 |
1985年の主なヒット曲
Crazy For You/マドンナ
Everybody Wants To Rule The World/ティアーズ・フォー・フィアーズ
A View To Kill/デュラン・デュラン
Oh Sheila/レディ・フォー・ザ・ワールド
Saving All My Love For You/ホイットニー・ヒューストン
Secret Loversのキーワード&フレーズ
(a) be all alone
(b) mess up
(c) in the middle of ~
天気予報で見聞きする言葉に、“~の特異日(晴れの、梅雨入りの、台風の…etc.)”というのがある。統計上、その日にはそうした天候になる確率が高いことを指す、ある種の専門用語みたいなもの。それを拝借して言うなら、1985~1987年前半は、ブラック・ミュージック界における“不倫ソング特異イヤー”だったと、今にして思う。何しろ、その間に発表された不倫ソングときたら、前例がないほど数が多かったから。そして、この「Secret Lovers」を含め、その約2年半の間に、R&B/ソウル・ミュージックの三大不倫ソングが生まれたのである。故ホイットニー・ヒューストンの「Saving All My Love For You(邦題:すべてをあなたに)」(1985/R&B,全米の両チャートでNo.1/マリリン・マックー&ビリー・デイヴィス・Jr.による楽曲のカヴァー)、大所帯バンドのザップの中心人物、故ロジャーの秘蔵っ子だったシャーリー・マードックの「As We Lay」(1986/R&BチャートNo.5,全米No.23/彼女にとって唯一の全米トップ40入りヒット曲)。ここで注目したいのは、「Secret Lovers」こそデュエット仕立てのナンバーではあるが、他の2曲がいずれも“女性の視点から”不倫の苦しみが語られている点だ。以前、本連載で取り上げた、R&B/ソウル・ミュージックの不倫ソングの代表的ナンバー、ビリー・ポールの「Me And Mrs. Jones」(1972/R&B,全米の両チャートでNo.1)から約13年を経て、突発的な不倫ソングの大流行が巻き起こったのである。筆者はそのことが不思議でならなかった。上記の三大ヒット曲以外にも、購入したブラック・ミュージック系のLPには、必ずと言っていいほど不倫ソングが収録されていたからだ。何かがアメリカ社会で起こっているに違いない、と勝手に推測し、ニューヨーク在住のアフリカン・アメリカン女性の友人に電話した際に、“どうして不倫ソングがこんなに流行っているの?”と訊ねてみた。彼女はアッサリとこう答えたのである――Because everybody can relate to (the lyrics).――“誰もが(歌詞に)共感できるからよ。”
ニューヨークの女友だちからは答えらしい答えを導き出せなかったものの、当時、アメリカ人の多くが不倫願望を抱[いだ]いていたのだな、と解釈した。そしてそれを煽るかのようにリリースされる多くの不倫ソング。最も内容がドロドロとしているのは「As We Lay」だが、この「Secret Lovers」も負けては(?)いない。デュエット仕立てであるから、道ならぬ恋に身を焦がす男女がそれぞれの胸の内を吐露しつつ、ハモるところでは互いの思いを重ね合わせるように切々と歌う。それまでにも、R&Bチャートでは多くのヒット曲を放っていたアトランティック・スターが、いきなりこの曲でブレイク(しかも全米No.3!)したというのは、アフリカン・アメリカン以外の人々もこの曲のシングル盤を購入し、ブラック・ミュージック専門局以外のラジオ局でもオン・エア回数が多かったことを意味している。“Everybody can relate to.”とは、そういうことを指していたのだろう。
ボズ・スキャッグス作でリタ・クーリッジのヴァージョンが大ヒットしたことで知られる「We’re All Alone」(リタのヴァージョンは1977年に全米No.7を記録/ゴールド・ディスク認定)が、かつて「みんなひとりぼっち」という世紀の誤訳の邦題だったことは広く人口に膾炙しているが、(a)も同曲と同じ意味。「ふたりぼっち」=「ふたりきり」という意味である。1stヴァースに登場する(a)は、「やっとふたりきりになれる機会が巡ってきた」というフレーズで使われており、敢えて詩的に意訳するなら、「二人静(ふたりしずか)」といったところか。
筆者は(b)の言い回しを、18歳の時に初めて知った。当時、所属していた三沢基地内の日米友好クラブで仲良しだったアフリカン・アメリカン女性が独身寮の部屋に初めて招いてくれた際、“Come in. But my room is messed up … sorry.(入って。でも、部屋が散らかってるの…ゴメンなさいね)”と言ったのである。確かに“messd up”な状態の(苦笑)部屋の中を見て、即座に意味を汲み取ったのだが、その他にも別の意味があるかも知れないと思い、帰宅後すぐさま辞書で調べた。すると、口語的用法で、「台無しにする」という意味も載っていたのである。(b)が登場するフレーズでは、「周りのみんなにふたりの関係を悟られたら、お互いの幸せな家庭がぶち壊しになってしまう」と歌われている。“mess up=台無しにする、ぶち壊す、滅茶苦茶にする”――確かに、「今、部屋の中が散らかってるの」と言う代わりに、「今、部屋の中が滅茶苦茶なの」とも言える。こういう発見があるから、辞書を引くのがやめられない。散らかってる部屋は、もうそれだけでインテリアや飾り物が「台無し」である(と、自戒を込めて記しておく)。(b)の目的語が「幸せな家庭」だったとしたら…それはもう、悲劇以外の何物でもない。
(c)は、英和辞典の“middle”の項目に必ず載っているイディオム。読んで字の如く「~の最中に、~の中頃に」の他に、「~の途中で」という意味もあり、“of”の後には必ず名詞 or 動名詞がくる。大抵の場合、それは“ある行動の動名詞”であり、この曲では、「ふたりが(身体で)愛し合っている真っ最中に」と続く。不倫関係であるから、互いの伴侶や知人・友人に悟られないために、ふたりはしきりと時間を気にする。そして、せっかく情熱的に愛し合っている最中に、残酷にも時計の針はふたりに帰宅を促すのだ。ここのフレーズを耳にして、“relate to”した人々が大勢いたのだろう。この曲の中で、最も切なく、と同時に、最も生々しいフレーズが(c)を含む箇所である。
筆者の盟友のひとりは、長年、不倫の恋をしていた。が、相手の離婚が成立した途端に、彼女の方から別れを切り出したのである。驚いた筆者は、思わず理由を訊ねてしまった。彼女は実にあっけらかんとこう言ったものである――「人間てね、手に入らないと思うと、それを求めて欲しがるのよ。だけど、簡単に手に入ると判ったら、その時点で気持ちが冷めちゃうの」――不倫は“secret”であるうちが華、というのをまざまざと見せつけられた瞬間だった。不倫に身をやつし、真剣に離婚を考えている世の殿方、お気を付けあそばせ。