歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第56回 Blue Bayou(1977/全米No.3,全英No.35)/ リンダ・ロンシュタット(1946-)

2012年11月7日
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●歌詞はこちら
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曲のエピソード

10代半ばにして既に本格的なシンガーとしての活動を始めていたリンダは、1969年にメイジャー・レーベルからデビューしているから、そのキャリアは40年以上にも及ぶ。また、キャリアの長さのみならず、幅広いジャンル――ロック、ポップス、カントリー、R&B、ジャズ…etc――をこなす芸域の広さには、心の底から感服する。余談ながら、かのイーグルスがデビュー前にリンダのバックアップ・バンドだったことは、あまりにも有名な話。

リンダのヒット曲にはカヴァーが多い。モータウン・サウンドやカントリー・ソングなどを積極的にカヴァーし、自分の個性を際立たせ、自分のものとして歌いつつ、往年の楽曲に光を当ててきた。この「Blue Bayou」(邦題はカタカナ起こしの「ブルー・バイユー」)は、彼女が放ったヒット曲の中で、唯一アメリカ国内でミリオン・セラーを記録し、プラチナ・ディスク認定となったもの。オリジナルはロイ・オービソン(Roy Orbison/1936-88)で、1961年にレコーディングされ、2年後の1963年に「Mean Woman Blues」(全米No.5)と両A面扱いでシングル盤としてリリースされている(全米No.29)。数あるカヴァー・ヴァージョンの中で最もヒットしたのはリンダによるもので、彼女のヴォーカルによって、この「Blue Bayou」は14年間の眠りから醒め、再び表舞台に登場した格好となった。通算8枚目のアルバム『SIMPLE DREAMS』(1977/全米アルバム・チャートNo.1)からは二大ヒット曲が生まれており、1曲は同アルバムからの1stシングルだったこの「Blue Bayou」、そして2ndシングルの「It’s So Easy」(全米No.5)である。最近、彼女が1980年に行ったライヴの様子を収めたDVD『LIVE IN HOLLYWOOD』を目にする機会があったのだが、当然それら2曲もパフォーマンスされており、観客が大いに盛り上がっていた。前者では、観客が水を打ったように静まり返って聴き入り、後者では、観客がリンダと一緒になって歌い、踊る。近年は、ジャズ・ナンバーや往年のスタンダード・ナンバーを歌うことの多いリンダ。今でもステージで「Blue Bayou」を歌っていてくれているだろうか……?

もともとカヴァーではあるが、「Blue Bayou」では、とりわけリンダのヴォーカルが情感タップリに聞こえる――そう、当時の彼女は恋をしていたのである。

曲の要旨

ブルー・バイユー(水面が青色を湛えた入江)で愛する人に別れを告げてからというもの、心が落ち着かなくて不安でいっぱいなの。四六時中、孤独感に襲われているわ。日没まであくせく働いて小金を貯めて、ブルー・バイユーで彼と再会できる時が訪れるのを心待ちにしているの。この先、何が起ころうとも、いつかきっとそこへ戻って、幸せになってみせる。ブルー・バイユーで愛する彼と再会して、懐かしい友だちとの旧交を温めれば、今の悲しくて寂しい状態から抜け出せると思うの。

1977年の主な出来事

アメリカ: 第39代大統領のジミー・カーターが、ヴェトナム戦争への徴兵を忌避した者たちを恩赦する。
日本: 正月早々、青酸カリ入りのコカコーラ事件が発生し、世間を震撼させる。
世界: ロンドンで第3回先進国首脳会議が開催される。

1977年の主なヒット曲

You Make Me Feel Like Dancing/レオ・セイヤー
Evergreen (Love Theme From “A Star Is Born”)/バーブラ・ストライザンド
Hotel California/イーグルス
Got To Give It Up (Pt. 1)/マーヴィン・ゲイ
Best of My Love/エモーションズ

Blue Bayouのキーワード&フレーズ

(a) leave behind
(b) come what may
(c) If I could only ~ (v), how ~ (adj.) I would be

タイトルの「Blue Bayou」は、歌詞の中に固有名詞的に登場する(いずれの単語も頭文字が大文字)。が、アメリカのどこにもそういう名前の「入江」はない。仮に“the blue bayou”だったとするなら、それはある特定の場所の入江を指すのだが、ここでは定冠詞が付いていないため、そうではないと判る。恐らくオリジナル・ヴァージョンを自作自演したオービソン(ジョー・メルソンとの共作)による造語だろう。言うなれば“実在しない場所の固有名詞”である。英語圏では、“どこかの場所を暗示しているのでは……?”という憶測が昔から乱れ飛んでいたが、今なおその場所を特定するに至っていない。生前のオービソンに訊ねて答えを引き出した人がいただろうか? 個人的には、彼が漠然とこの地名を綴ったのだと考えている。聴く側の想像力をかきたてるために。

曲のエピソードで、「Blue Bayou」をレコーディングした頃のリンダは恋をしていたと書いた。お相手は、当時カリフォルニア州知事だったジェリー・ブラウン(Edmund Gerald“Jerry”Brown, Jr./1938-/2011年にカリフォルニア州知事に返り咲き、現職である)で、筆者は、愛読していた日本の洋楽専門誌で“リンダ・ロンシュタットがカリフォルニア州知事の愛人になった”といった文言を読んでビックリした記憶がある。が、“愛人”というのは間違いで、当時、ブラウン州知事は独身だった(結婚したのは2005年になってからで、お相手はファッション・ブランドGAPの副社長だった、20歳年下のアン・ガストという女性)。もちろんリンダも独身だったから、両者は恋人関係だったのだ。しかしながら、超人気シンガーとカリフォルニア州知事の艶聞を世間が放っておくはずもなく、瞬く間に全米中の話題となり、『NEWSWEEK』や『PEOPLE』などの有名な雑誌の表紙を仲良く一緒に飾ったり、公然と海外旅行に一緒に出掛けたりもしていた。ふたりの関係に終わりが訪れたのは、付き合い始めてから約10年後の1980年代半ばのことで、リンダは、その後まもなく映画監督のジョージ・ルーカス(George Lucas/1944-)と婚約するも、結局は結婚までには至らず。そしてリンダは、今でも独身である。

「Blue Bayou」は、一聴すれば悲しい別れの歌に聞こえるが、実はそこここにかすかな希望が滲んでいる。(a)のフレーズが登場する1stヴァースでは、今の自分がどんなに悲しみに沈んでいるかを切々と訴えているのだが、最後のヴァースでは、現在形で「ブルー・バイユーで私の夢(=別れた愛する人と再会すること)が叶う」と言い切るまでになっており、曲が終盤に近付くにつれて、主人公の精神はどんどん高揚していく。生前のオービソンによる言葉――「これはハッピーな曲だ」――の意味は、曲を最後まで聴かないと判らない。ちなみに(a)はイディオムで、「忘れてくる、置き去りにする、打ち捨ててくる、排斥する」といった意味。(a)が登場するフレーズのように、“leave someone behind”と言えば、「~を置き去りにする=自分から別れを切り出してそこに置き去りにする」というニュアンスになる。筆者は(a)が登場するフレーズを聴く度に、主人公の女性が恋人に別れを切り出した後、未練のかけらも見せずに、後ろさえ振り向かないまま立ち去った姿を思い浮かべずにはいられない。

(b)は決まり文句のひとつで、「(この先)何が起ころうとも」という意味。以下のように、様々な英文に書き換えることができる。

♪Come what will
♪Whatever may come
♪Whatever may happen (or occur)
♪Whatever comes
♪Whatever happens (or occurs)

「この先、何が起ころうとも、いつの日か必ずブルー・バイユーに戻ってみせる」――(b)の決まり文句が最初に登場するヴァースで、早くも彼女の心には、自分を鼓舞する気持ちが芽生えているのだ。よって、1stヴァースだけを聴いて、“悲しい別れの曲”と判断するのは早合点というもの。

仮定法過去の(c)は、「~することができさえすれば、私は~(な気分)になれるのに」という言い回しで、そこのフレーズを丸ごと書き換えると、以下のようになるだろうか。

♪I wish I could see that familiar sunrise through sleepy eyes to be happy (again)

晩婚だったとは言え、かつての恋人ブラウン氏が幸せな結婚生活を送っている今、リンダの胸中に去来するものは一体……? そして、彼女の心の中にある“Blue Bayou”には、今、どんな男性が佇んでいるのだろうか。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。