歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第55回 I Don’t Like Mondays(1979/全米No.73,全英No.1)/ ブームタウン・ラッツ(1975-1986)

2012年10月31日

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●歌詞はこちら
//www.lyricsmode.com/lyrics/b/boomtown_rats/i_dont_like_mondays.html

曲のエピソード

アイルランドで結成されたブームタウン・ラッツの最大ヒットであるこの曲は、彼らの代名詞的ナンバーでもある。グループのリード・ヴォーカルだったボブ・ゲルドフ(Bob Geldof/1951-/ちなにみにラスト・ネームの正しい発音は、最も原音に近いカタカナ表記にするなら“ジェルドフ”である)が、たまたまラジオから流れてきた事件の一報に接し、すぐさま曲を作ることを思い立ったというエピソードは、彼らのファンならずとも、1970年代後期~1980年代半ばにロックやパンクを愛好していた人々なら、十中八九、知っているだろう。筆者は当時、アメリカやイギリスのロックもラジオでよく耳にしていたため、この曲(邦題「哀愁のマンデイ」)と、その着想の源となった事件についてはオン・タイムで見聞きした。が、アメリカではトップ40入りしていないため、FEN(現AFN)ではほとんど流れなかったと記憶する。恐らく初めて耳(目)にしたのは、TVの洋楽番組でこの曲のプロモーション・ヴィデオ(PV)を見た時だろう。ピアノとストリングスの音色が美しいバックグラウンド・ミュージックとは裏腹に、背筋が寒くなるような歌詞が恐ろしかった。いや、今でも恐ろしい。サウンドと歌詞の内容が、これほどまでにくっきりとしたコントラストを描出している洋楽ナンバーも珍しいのでは……?

事件はカリフォルニア州サンディエゴで起こった。1979年1月29日(月)の朝、当時16歳だったブレンダ・アン・スペンサー(Brenda Ann Spencer)は、その前年のクリスマスに父親からプレゼントされたライフル銃(筆者の想像に過ぎないが、父親は全米ライフル協会のメンバーだったのではないだろうか?)を手に、道路を挟んで自宅の向かい側にあるクリーヴランド小学校の校庭に乗り込んで思うさまに発砲した。大人2名が死亡(うち1名は何と校長先生!)、同校の生徒8名、現場に駆けつけた警官1名の計9名が負傷。身柄を拘束されたブレンダが警官に「どうしてこんなことをしでかしたのか?」と訊ねられた際、“I just don’t like Mondays.(月曜日が嫌いだから)”と答えたと言われている。

曲の要旨

頭の中に埋め込まれたマイクロチップのスイッチが入り、まだあどけなさの残る16歳の少女に“武装せよ”と発令した(と、彼女は思い込んだ)。そこで彼女は、ライフル銃を持って小学校に行き、校庭で無差別に発砲。その瞬間、授業が始まる前に校庭で遊んでいた生徒たちは一斉に凍り付く。それでも少女は発砲を止めない。この凄惨な事件を自分の娘が起こしたことがまだ信じられずにいる父親は頭が混乱し、母親は大ショックを受けている。発砲事件後、生徒たちは強制的に帰宅させられ、学校には人っ子一人いない。彼女は何故にこんな大それたことをしたんだろう? その答えは――「あたし、月曜日が嫌いなんだもん」。

1979年の主な出来事

アメリカ: スリーマイル島の原子力発電所で大量の放射能漏れ事故が発生。
日本: 携帯用小型カセットテープ・プレイヤーのWALKMANをソニーが発売。
世界: イギリスでマーガレット・サッチャーが同国初の女性首相に任命される。

1979年の主なヒット曲

Da Ya Think I’m Sexy?/ロッド・ステュアート
Heart of Glass/ブロンディ
Good Times/シック
Heartache Tonight/イーグルス
Babe/スティクス

I Don’t Like Mondaysのキーワード&フレーズ

(a) to be shown
(b) I don’t like Mondays
(c) shoot the whole day down

筆者は、長らくブームタウン・ラッツをイギリス出身のグループだと思い込んでいた。その理由は、1984年にリリースされた、エチオピアの飢餓救済を目的とするチャリティ・シングル「Do They Know It’s Christmas?」(全米No.13,全英No.1/アーティスト名義はBand Aid/巧いネーミングである)の発起人がゲルドフだったこと(同曲では彼もペンを執っている)、そしてこの「哀愁のマンデイ」が全英チャートで堂々のNo.1の座に就いたからである。ちなみに、グループの出身国であるアイルランドのナショナル・チャートでもNo.1を記録した。イギリス出身だと勘違いしていたもうひとつの理由は、「何故に当事国であるアメリカのアーティストがこの曲にインスパイアされたメッセージ・ソングを作らなかったのだろう? 当事国であるがゆえに遠慮したのか? それとも、やはり歴史あるイギリスに生まれたアーティストの方が社会問題に敏感なのだろうか……?」と、勝手な思い込みをしてしまったためである。アイルランド出身のアーティストと言えば、真っ先に想起されるのがU2であるが、彼らの歌詞もまた、奥深くてかなり難解である。グループ活動こそ短命に終わってしまったものの、ブームタウン・ラッツは、筆者にとって「忘れ得ぬアイルランド出身のグループ」となった。この「哀愁のマンデイ」と共に。

この曲に登場する人称はふたつあり、タイトルにもある“I”は、当然ながら小学校の校庭で発砲事件を起こした16歳の少女と同一である。もうひとつは、事件の経過や彼女の両親の錯乱ぶりなどを第三者的に語る“誰でもない誰か(筆者はこれを「世間の人々の声の代弁者」と理解した)”。何度も曲の中でくり返される♪Tell me why… は、この事件を見聞きした人々に代わって、少女に訊ねているフレーズだ。誰もが思ったはずである。「どうして君はこんなことをしたの? 理由を教えて」と。

(a)は、第三者が言っているかのようなフレーズに登場する言い回しだが、実はこれは、少女の心の叫びである。“to be shown(=目立つ、世間をアッと言わせる)するのに理由なんて要らないでしょ?”というのが彼女の言い分だ。では、彼女は何のために「目立ちたかった」のか? その理由が(b)と(c)である。

タイトルでもある(b)は、彼女が事件後に警官に語った動機のひとつ。“Monday”が複数形なのは、月曜日は何度も巡ってくるからだ。(b)を説明的に他の英語に置き換えるなら、次のようになる。

♪I don’t like the first days of the weeks to go to school

事件後、ブレンダは警官にこうも語ったという。“Nobody likes Mondays.(月曜日を好きな人なんかいやしないわよ)”――彼女のこの言葉からヒントを得て、“Mondays”から想起されるもうひとつのことを英訳してみた。

♪I don’t like the first days of the weeks to go to work

月曜日は、学生にとっては一週間のうちの「初登校日」であり、社会人にとっては「初出勤日」にあたる。もし仮に、カレンダーが現行のものとは異なっていて、例えば水曜日が初登校日もしくは初出勤日であったとするなら、当然ながらこの曲のタイトルも「I Don’t Like Wednesdays」になっていたことだろう。換言するなら、ブレンダは警官に向かって、「学校へ行きたくない」と言う代わりに「月曜日が嫌い」と、犯行の動機を述べたのだ。

(c)のフレーズに含まれる“shoot down”はイディオムで、「人を銃殺する、飛行物体を撃墜する」といった物騒な意味の他に、「(相手を)やり込める、嘲笑する、やっつける」といった意味もある。直訳すれば、「今日一日を丸ごとやっつける」となるが、ここは少女の言葉として歌われており、意訳するなら「あたしは、今日(月曜日)をメチャクチャにしてやりたいの」といったところか。もっと深読みするなら、「あたしは一週間で最初の登校日に大事件を起こして、誰も学校に行かなくて済むようにしてやりたいの」となるだろうか。彼女は、よっぽど学校に行きたくなかったのだろう。だからと言って銃をブッ放すとは……。事件から30年以上が経過した今でも、思い出す度に背筋が寒くなる事件だ。

最初に収監された際に終身刑を言い渡されたブレンダは、今なお服役中で、現在50歳である。事件の前年のクリスマスに、彼女がプレゼントとして父にねだったのはラジオだったという。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。