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曲のエピソード
近年では、アメリカのメイジャー・リーグ・ベースボール(注:筆者は「メジャー=巻尺」という意味になってしまうカタカナ表記が苦手である)の試合がここ日本でも盛んに放映されるようになり、ヤンキー・スタジアムの風物詩とも言える、グラウンド整備員による用具を用いたパフォーマンスのBMGとしてこの曲が流れているのを耳にして記憶しているという人も多いことだろう。その際、観客も整備員たちと一緒になってタイトル部分の“Y.M.C.A.”を両腕を使って形作るのだが、実は、ヴィレッジ・ピープルによるプロモーション・ヴィデオ(PV)では、彼らはその振り付けを行っていない。
本国アメリカはもとより、世界中で大ヒットしたこの曲は(日本では西城秀樹さんの日本語によるカヴァー・ヴァージョンが有名)、実在する非営利団体“Y.M.C.A.(=Young Men’s Christian Association/日本では「キリスト教青年会」と訳されることが多い)”にヒントを得たもの。本国アメリカでは全米No.2止まりだったにも拘らず、プラチナ・ディスク認定を受けた。同団体の支部は世界各国に広がり、日本各地にも多くの支部を持つ(筆者の暮らす横浜市にもある/大学時代の同級生がそこに就職した)。当初、その名の通り、学校にたとえるなら男子校だったが、後に、同団体のキャンプやボランティアなどの活動に女子も参加するようになり、実質的には「青年」のみならず「若い女性」も参加している。名前こそ“Young Men’s”となっているが、実際には男女混合の団体なのだ。
この曲は、世界的に“Gay Anthem(ゲイの人々のテーマ・ソング)”として広く認知されているが、実は、結成当初、メンバー5人(お決まりの衣裳にたとえて言うなら)――警官、カウボーイ、建設現場作業員、先住民、バイク野郎――のうち、実生活で同性愛者だったのはカウボーイと先住民のコスチュームをまとった2名だけだったという(メンバーの中には、実生活で女性と結婚した人もいる)。が、ソングライターたちに曲のアイディアを与えたのは、カウボーイ役のランディ・ジョーンズだった。彼は、1975年にニューヨークに移住した直後にY.M.C.A.の会員となり、やはり同性愛者の友人を勧誘したところ、その友人も“男性同士が傍目を気にすることなく仲良くできる場所=Y.M.C.A.”にすっかり魅せられたのだという。
今なお“Gay Anthem”として同性愛者の人々の心の支えとなり続けているこの曲。ディスコ・ミュージック全盛時代の大ヒット曲とは言え、大ヒットから30年以上が経過しても衰えないその神通力を、決して侮ってはいけない。尚、オリジナル・メンバーのひとりでバイク野郎役だったグレン・ヒューズ(Glenn Hughes)は、2001年に50歳の若さで亡くなっている。
曲の主旨
若者よ、そうクヨクヨしないで、毅然と生きていけばいい。今、君はこれまで目にしたこともない新しい町に辿り着いたんだ。ここ(Y.M.C.A.)では、自分だけが不幸だと嘆く必要もないし、いろんなことをしながら楽しく過ごせるよ。ここには、若い青年たちが楽しめる施設が何でも揃ってる。ここのメンバーの他の青年たちと一緒に、思う存分、人目を気にすることなく一緒に楽しく過ごせるのさ。ここに来るまでは、以前の僕も君のように落ち込んでいたよ。自分の存在価値さえ見出せなかった僕に、友だちがここを紹介してくれたんだ。以来、僕の人生はすっかり明るくなったんだよ。
1978年の主な出来事
アメリカ: | 1956年にサンフランシスコで創設された、ジム・ジョーンズ率いる新興宗教団体People’s Temple(日本では「人民寺院」と訳されている)が集団自殺を遂げて世間を驚愕させる。 |
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日本: | 千葉県成田市に新東京国際空港(後に成田国際空港に改称)が開港される。 |
日中平和友好条約が締結される。 | |
世界: | イギリスで世界初の体外受精による乳児が誕生。 |
1978年の主なヒット曲
Stayin’ Alive/ビージーズ
If I Can’t Have You/イヴォンヌ・エリマン
Shadow Dancing/アンディ・ギブ
Three Times A Lady/コモドアーズ
MacArthur Park/ドナ・サマー
Y.M.C.A.のキーワード&フレーズ
(a) be short on one’s dough
(b) put one’s pride on the shelf
(c) be in someone’s shoes
筆者がこの曲を久しぶりに耳にしたのは、取材のために赴いたニューヨークから日本に戻る飛行機の中でのことだった。機内映画(航空会社は、筆者がアメリカのそれで最も贔屓にしている“乗客を適度に放っておいてくれる”ユナイテッドだったため、日本語の吹き替えも字幕もナシ)で上映された、ジャック・ニコルソン主演映画『恋愛小説家(原題:AS GOOD AS IT GETS)』(1997)の次の場面で、実に効果的に、かつシニカルに使用されていたのである。
ニコルソン演ずる売れっ子作家メルヴィンは、極度の潔癖症で神経質な男。彼が住む集合住宅の向かいの部屋には、彼が忌み嫌っているゲイの芸術家サイモンが住んでいる。メルヴィンは、毎日、同じレストランに通い、同じテーブルに就く。そして、キャバレーやナイトクラブでもないのに、いつも同じウェイトレス――メルヴィンが密かに想いを寄せるキャロル――が接客してくれないとヘソを曲げるというヒネクレ者。その3人が、ひょんなことから、サイモンが久しく連絡を絶っている両親に会うべく(実は金の無心なのだが……)、彼の実家を目指してドライブに出掛けるシーンがある。さあ出発、とばかりに、運転するニコルソンがエンジンをかけた途端にカー・ステレオから流れ出すのが、この「Y.M.C.A.」なのだ(苦笑)。しかも、タイトル部分の♪Y.M.C.A….だけが大音量で流れ、サイモンはゲンナリした顔をし、キャロルも苦虫をかみつぶしたような表情を見せる。実は筆者は、このシーンを観た(聴いた)瞬間、機上の人であることも忘れて、ヘッドセットを装着していたにも拘らず、大声で笑ってしまったのだった。と同時に、こうも思った――「この曲がこのシーンで使われた意味が解らないと、ここは笑えないのでは……?」。
後にも先にも、筆者が国際線の機内映画を観ながら声を出して笑ったのは、同シーンと、やはりユナイテッドの機内映画で上映された『男はつらいよ』シリーズの次の字幕を目にした時である。寅さんがタコ社長に向かって「このタコ!」と怒鳴るシーンの英語の字幕が“You octopus!”という直訳だったのだ。周りのほとんどがアメリカ人または外国人の乗客だったため、あの時ばかりはうっかり爆笑して、機内で浮きまくってしまった(周囲の乗客が一斉に筆者に目を向けた/苦笑)。いずれも、忘れられない思い出である。
さて、余談が長くなってしまったが、筆者自身、同性愛者の友人が何人かおり、昔から恋愛は性別に関係なく自由であるべき、との信念(というほど大袈裟ではないが……)を抱[いだ]いてきたため、「Y.M.C.A.」に今も励まされているゲイの人々がいることを知って、安堵している。また、同性愛者ではなくとも、同曲を聴くと落ち込んだ気持ちが吹き飛んでしまう、という人も少なくないだろう。
歌詞は単純明瞭である。が、だからこそ、多くのゲイの人々に、そのメッセージが直球勝負のように心に真っ直ぐ届いたのだと筆者は考えた。
スラングの“dough=money”を含む(a)は、「金欠になっても(Y.M.C.A.なら君を迎え入れてくれる)」と歌っているフレーズ。“dough”の原意は「パン生地」で、パンを示す英語“bread”には、もともと一般的なスラングで「金、現ナマ」という意味があり、そこから生じたスラングである。(a)のフレーズで“money”を用いなかったのは、前の行のフレーズにある“go”と押韻するためであって、特別な意味はない。
(b)の“on the shelf”は正式なイディオムで、英和辞典には「棚上げにされて、持ち上げられなくなって、解雇されて」といったネガティヴな意味しか載っていないが、ここのフレーズを書き換えると、以下のようになる。
♪throw away your pride
または、
♪swallow your pride
つまり、「君の自尊心をかなぐり捨てろよ=同性愛者であることを卑屈に考えず、堂々としていろよ」ということを言っているのだ。ここのフレーズに励まされたゲイの人々が、さぞかし多く存在するのではないだろうか。
(c)は、辞書の“shoe”の項目を調べてみると、複数形で「立場、社会的な地位、苦境」などとあることから、(c)の“shoes”は「苦境、同じ(辛い)立場」と理解できる。また、“put oneself in someone’s shoes(人の身になって考える)”というイディオムもあり、相手を慮る際に用いられる言い回しとして、“be in someone’s shoes”という表現を筆者は過去に何度も洋楽ナンバーの歌詞で見聞きしてきたし、訳してもきた。(c)を含むフレーズもまた、自分自身が同性愛者であることを誰にも打ち明けられず、悩みを独りで抱え込んでいた人々を勇気づけたことだろう。
メロディはどこまでも明るく、リズムはディスコ全盛時代のそれを反映している。が、ここに込められたメッセージは、そうした表層的なこととは裏腹に、実はとても深いのである。ヴィレッジ・ピープルは、「男性同士が傍目を気にせずに一緒に楽しく(=いちゃいちゃしながら)過ごせる場所」として“Y.M.C.A.”を象徴的に用いたに過ぎない。筆者には、世界中に存在するゲイ・タウンのひとつひとつが、“Y.M.C.A.”の持つ裏側の意味に思えてならない。