それでは家庭裁判所が、常用漢字でも人名用漢字でもない漢字を、戸籍法第50条で言うところの「常用平易」だと認めた例は、あるのでしょうか。実は「穹」が、その一例なのです。(『民事月報』平成20年5月号141~172頁)
平成18年のこと、大阪市都島区のとある夫婦のもとに、男の子が誕生しました。両親は、子供の名に「穹」を含む出生届を提出しようとしたのですが、都島区役所は、この出生届を受理しませんでした。当時「穹」は、常用漢字でも人名用漢字でもなかったからです。やむを得ず両親は、「名未定」とした出生届を提出し、都島区役所は「名未定」の出生届を受理しました。その上で両親は、大阪家庭裁判所に不服申立[平成18年(家)第7444号]をおこないました。子供の名に「穹」を含む出生届を受理するよう都島区長に命令してほしい、と申し立てたのです。
平成19年4月10日、大阪家庭裁判所は両親の主張を認め、都島区長に対して、子供の名に「穹」を含む出生届を受理するよう命令しました。「穹」は、戸籍法第50条でいうところの「常用平易」な文字であり、これを人名用漢字に収録していない戸籍法施行規則の方がおかしい、と審判したのです。ところがこの審判に対し、都島区長は即時抗告しました。大阪家庭裁判所の審判には納得がいかないので、高等裁判所に判断してほしい、ということです。「穹」が常用平易かどうか、争いの場は大阪高等裁判所の抗告審[平成19年(ラ)第486号]に移りました。
平成20年3月18日、大阪高等裁判所は都島区長の抗告を棄却し、あらためて都島区長に対して、子供の名に「穹」を含む出生届を受理するよう命令しました。「穹」は、戸籍法第50条でいうところの「常用平易」な文字であり、これを人名用漢字に収録していない戸籍法施行規則の方がおかしい、と判示したのです。確かに「穹」は、常用漢字の「窮」より平易なのは間違いありません。また、「蒼穹」や「天穹」などの熟語に用いられていて、しかもJIS X 0213の第2水準漢字でもあるので、「穹」は常用されていると考えられる、というのが大阪高等裁判所の判断でした。両親の全面勝訴です。大阪高等裁判所の決定を受けて、都島区役所は、子供の名に「穹」を含む出生届を受理しました。
この大阪高等裁判所の決定に対し、法務省民事局は、「曽」を子供の名づけに認めた最高裁判所決定[平成15年(許)第37号]と整合性を保っていない、というコメントを『民事月報』平成20年9月号に発表しました。少なくとも、第2水準漢字が「常用」されているという論理はおかしいし、実際、第2水準漢字3390字のうち人名用漢字は190字しかない、と指摘したのです。しかし、そう言いながらも法務省は、平成21年4月30日、「穹」と「祷」を人名用漢字に追加しました。大阪高等裁判所の決定にしたがって、戸籍法施行規則を改正したのです。
(第3回につづく)