平成23年5月11日、北海道中頓別町のとある夫婦のもとに、女の子が誕生しました。両親は、子供に「巫空」と名づけ、中頓別町役場に出生届を提出しました。中頓別町役場は、この出生届を受理し、戸籍に「巫空」ちゃんを登載しました。ところがその後、中頓別町役場は、ある間違いに気づきました。「巫」は常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけには使えなかったのです。「巫空」ちゃんの出生届は、本来、受理できないものだったのです。しかし、いったん受理してしまった出生届は、もちろんそれはそれで有効なものです。そこで中頓別町役場は、両親に戸籍訂正をお願いすることにしました。「巫空」ちゃんの名を、別の名に訂正してもらうよう、お願いすることにしたのです。
平成23年7月19日、東京都北区のとある夫婦のもとに、女の子が誕生しました。両親は、子供に「巫琴」と名づけ、7月20日、北区役所に出生届を提出しました。しかし北区役所は、この出生届を受理しませんでした。「巫」が、常用漢字でも人名用漢字でもなかったからです。やむをえず両親は、「巫」を別の常用漢字に変えて、7月25日、出生届を再提出しました。さらに7月29日、両親は東京家庭裁判所に不服申立[平成23年(家)第7488号]をおこないました。「巫」は、戸籍法第50条でいうところの「常用平易」な文字なので、「巫琴」と名づけた出生届を受理するよう東京都北区長に命令してほしい、と申し立てたのです。
さて、戸籍法第50条でいうところの「常用平易」な文字、というのは、どういうものなのでしょう。戸籍法第50条は、子供の名づけに使える文字を、以下のように規定しています。
第五十条 子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。 2 常用平易な文字の範囲は、法務省令でこれを定める。
戸籍法施行規則第60条では、子供の名づけに使える文字を、以下のように制限しています。
第六十条 戸籍法第五十条第二項の常用平易な文字は、次に掲げるものとする。 一 常用漢字表(平成二十二年内閣告示第二号)に掲げる漢字(括弧書きが添えられているものについては、括弧の外のものに限る。) 二 別表第二に掲げる漢字 三 片仮名又は平仮名(変体仮名を除く。)
つまり、法律である戸籍法が「常用平易」という大枠を決めて、法務省令の戸籍法施行規則が、それを常用漢字と「別表第二に掲げる漢字」(人名用漢字)に制限している、という二段構えになっています。
しかも、この二段構えには、実は隙間があります。「常用平易」であるにもかかわらず、常用漢字でも人名用漢字でもない漢字、というものが存在し得るのです。それはつまり、常用漢字でも人名用漢字でもない漢字であっても、戸籍法に沿って「常用平易」であると認められれば、子供の名づけに使ってよい、ということになるわけです。そして、「常用平易」かどうかを判断するのは、区役所や町役場の戸籍窓口ではなく、家庭裁判所の仕事なのです。
(第2回につづく)