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曲のエピソード
もともとオフ・ブロードウェイで上演されていた、アメリカのミュージカル史上初のロック・ミュージカル『HAIR』(初演は1967年/タイトルは、当時のヒッピー文化の象徴のひとつであった、男女を問わず流行した長髪のヘア・スタイルを意味している)が、当時、ヴェトナム戦争で精神的に疲弊したり、反戦を唱えたりする若者たちの間で口コミで大ヒット。翌1968年には早くもブロードウェイに昇格して上演され、大絶賛を浴びて計1,750回にも及ぶ上演回数を記録した。
ビリー・デイヴィス・Jr.とマリリン・マックー夫妻(1969年に結婚、今も夫婦デュオとして活動中)を中心に1966年にL.A.で結成されたフィフス・ディメンションは、マリリンの“クロっぽくない”ヴォーカルと、それとは対照的にかなりソウルフルなビリーのヴォーカルが程よく溶け合って、アフリカン・アメリカン以外の人々にも“洗練された”R&B/ソウル・ミュージックのグループとして愛された。夫妻はデュオとしての活動に専念するべく、1975年にグループを脱退。「You Don’t Have To Be A Star (To Be In My Show)(邦題:星空のふたり)」(1976/全米No.1/ゴールド・ディスク認定)などのヒット曲を放った。その後、1990年~91年にツアーのために一時的にオリジナル・メンバーが集結したが、その後はメンバーが亡くなったり脱退したりと、激しいメンバー・チェンジをくり返しながらも活動を続けている。
もともと舞台でミュージカルの役者たちが歌っていたこの曲を初めてレコーディングしたのはフィフス・ディメンションで、R&BチャートではNo.6止まりだったが、全米チャートでは6週間にわたってNo.1の座を死守し、アダルト・コンテンポラリー・チャートでも2週間にわたってNo.1を記録した(プラチナ・ディスク認定/1970年のグラミー賞では最優秀レコード賞を受賞)。曲名を見ても判るように、これは2種類の曲から成るナンバーで、演奏時間5分弱の2分18秒のところで曲調がガラリと変わる(「Aquarius」から「Let The Sunshine In」へと急変)のは、『HAIR』の舞台そのものの場面が変わるからだろう。実際に舞台を観たことはないが、恐らく、当時は「Aquarius」→「Let The Sunshine In」へと変わる瞬間に、円形舞台が回転したのではないか、と勝手に想像してみた。なお、邦題を「輝く星座(アクエリアス)」といい、アルバム『THE AGE OF AQUARIUS』(1969/R&B、全米の両チャートでNo.2/ゴールド・ディスク認定)に収録されているオリジナル・タイトルは「Medley: Aquarius/Let The Sunshine In (The Flesh Failures)」というが、シングル化にあたり、同タイトルが長過ぎるためにカッコ部分が削除された。
曲の要旨
闇に包まれているかのような閉塞感漂う今の世の中に、至福の時をもたらしてくれるほど月が煌々と輝き、平和が全ての惑星の道先案内人となり、人類愛が夜空の星々の光をひとつところに導いて輝かせる時が訪れたならどんなにか素晴らしいだろう。その時こそ、この世に真の意味での自由と人類愛の時代が訪れる。今の世の中に必要なのは、我々人間が互いに協調し合って理解し合うこと、第三者に対して溢れるほどの憐憫の気持ちと信頼を抱[いだ]くこと。それが実現すれば、自由と人類愛の時代の幕開けとなることだろう。
1969年の主な出来事
アメリカ: | 8月15日から3日間にわたり、ニューヨーク州サリヴァン郡べセルにおいて、大々的な音楽の祭典、ウッドストック(同地近隣の村の名前に由来/正式名は“The Woodstock Music and Art Fair”)が開催される。 |
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日本: | 1月18日~19日の2日間、学生たちが東京大学の本郷キャンパスを占拠し、警察隊を相手に激しい攻防戦を繰り広げる。世にいう“安田講堂事件”。 |
世界: | イギリスは北アイルランドを拠点とする保守政党のアルスター統一党に属するプロテスタント系とカトリック系の両派が衝突し、各地で暴動が発生。 |
1969年の主なヒット曲
Get Back/ビートルズ with ビリー・プレストン
Honky Tonk Women/ローリング・ストーンズ
I Can’t Get Next To You/テンプテーションズ
Suspicious Minds/エルヴィス・プレスリー
Leaving On A Jet Plane/ピーター、ポール&メアリー
Aquarius/Let The Sunshine Inのキーワード&フレーズ
(a) the moon is in the seventh house
(b) the Age of Aquarius
(c) Let the sunshine in
マリリン・マックーは、ヴォーカルのみならず、いわゆるライトスキン(=アフリカン・アメリカンの中でも皮膚の色が明るい)の美女である。声が“クロっぽくない”と言ったのは、筆者の旧友で故オーティス・レディングの熱烈なファンの男性だった。が、アフリカン・アメリカンだからといって、必ずしもガナッたり唸ったりしてソウルフルに歌う必要などない。夫のビリーはソウルフルな声の持ち主だが、妻に合わせてか、それほど吠えまくって歌うわけではなく、彼女の声を包み込むような包容力タップリの熱のこもった歌い方をするシンガーだと筆者は思う。そして妻のマリリンは、歌が抜群に上手いのだ。
歌詞には、どこにも“Vietnam”や“war”といった言葉が出てこないが、当時、ヴェトナム戦争への反戦を唱えていた若者たちの間で生まれた、いわゆる“ヒッピー文化”の礼賛ソングであるから、ある種の反戦歌と捉えられ、大ヒットするに至った。ただし、登場する言葉は宇宙に関するもの――the moon,Jupiter,Mars,the sun など――が多く、一聴しただけでは、即座にその意味を汲み取れない。まかり間違えば、平和&博愛主義者の天体オタクが綴ったような歌詞にも受け取れてしまう(苦笑)。ところが、肝心なのは、この曲が使用されているミュージカル『HAIR』に込められたメッセージと、1969年という時代であり、そこに思いを馳せないことには、歌詞を理解するのは至難の業だ。直訳するとかなりヘンテコになってしまう洋楽ナンバーの代表的なもののひとつに数えてもいいと思う。ちなみに、筆者は、あるアーティストによるカヴァー・ヴァージョンで、(a)を「月が七つ目の宿に入り」と直訳(珍訳?)してあるのを目にして仰天した記憶がある。「月が七つ目の宿に入」る?――ううん……ワケが解らん!
(a)のフレーズで重要な単語は、何と言っても“seventh”である。何故なら、ここの“the seventh house”は“the seventh heaven(至福)”と同義だから。では、何故に“the seventh heaven”にしなかったのか? 答えは簡単明瞭。押韻とまではいかないものの、(a)に続くフレーズに含まれる単語――Mars,stars,Aquarius――の“s”と「音を揃える」ためだったと筆者は推測した。試しにそこを“the seventh heaven”に変えて歌ってみると、歌詞がオタマジャクシに上手く乗っからないことが判る。みなさんも、ぜひお試しを。
(b)は、そのままある種の固有名詞として辞書に載っているもので、占星術の世界では「自由と兄弟愛(もしくは人類愛)の時代」という意味を持つ。もちろん、「水瓶座の時代」という意味もあるが、ここで歌われているのは前者の意味で、そのことからも、この曲に込められたヴェトナム戦争に強く反対する意思=平和を希求する気持ちが透けて見えてくる。
サブタイトルと言っても差し支えない(c)は、曲の雰囲気が2分18秒のところでガラリと変わって以降、ビリーによってくり返し歌われるフレーズだ。が、やはりここも「太陽の光を取り込もう」という直訳では、曲の真意が伝わらない。(c)の“sunshine”は、文字通り「太陽の光、日光」という意味ではなく、辞書にも載っているもうひとつの意味、「幸福をもたらしてくれるもの」ということを指しているのだ。そしてその“sunshine”こそ、曲の主旨でも述べた、「平和、人類愛、自由、人間同士の協調、相互理解」を内包した「至福」に外ならない。未だこの世に訪れぬ“the Age of Aquarius”。人間は、一体いつまで愚かな戦争を続けるのだろうか。