地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第280回 大橋敦夫さん:鳥取の地酒は、鳥取方言で

筆者:
2013年11月16日

その地域の方言が、地元産のお酒(日本酒や焼酎)のネーミングに用いられている例は、これまでにも折々取りあげられました(第12571225263回参照)。

それらは、たいてい1メーカーの1銘柄だったわけですが、6品まとめて店頭に並んでいる例を見つけました。

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【写真1】

鳥取県内の6つの蔵元が、「鳥取飯酒」の共通ブランド名のもと、それぞれの1銘柄に対して、鳥取方言をあしらったラベルを貼っています。

 「あっとろし」[=驚いた] 「がんじょ」[=頑張る]
 「えらい」[=疲れた]   「すいたやに」[=好きなように]
 「がいな」[=大きい]   「たばこしょいな」[=休憩しましょう]

また、それぞれの方言のわきには、

 「鳥取県の酒はなぁ、どれも旨い」
 「カニも飲んどるで」
 「あっとろし! それで赤いだか!」
 (えーびっくり! それで赤い色をしているのか)

のように会話例がついていて、ユーモアとともに方言の使い方が生き生きと示されています。

「鳥取飯酒」とは、鳥取県酒造組合HPによると、

 清らかな水と米、蔵元のこだわりが生む上質な地酒と、日本海と中国山地の恵みを受けた新鮮な山海の幸をこよなく愛する県民応援団によって平成18年に設立。
 鳥取の純米酒と肴を楽しみ、鳥取県の地酒の輪を増やしていくことがその旨です。

との由。そこで、さらにお話を伺ってみました。

*

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【写真1】

●「鳥取県御国言葉ノ酒」開発の経緯を教えてください。

4年ほど前に需要開発活動のひとつとして発売し、当時17社が各1銘柄ずつを販売しました。(現在は、廃業等により2社が撤退。)

●方言は、どのようにして選ばれたのですか。

当組合の需要開発委員会で選びました。鳥取県の場合、東中西部で明確に異なる言葉使いもあるので、各地域でこよなく愛されている言葉を盛り込むようにしました。

  東部……あっとろし,えらい,しょうから[=わんぱく],まんぐるじゅう[=回り中],がんじがんじ[=よく噛む]
   中部……ごしないな[=~して下さい],かっさま[=本当に!?],きょーてー[=怖い],すいたやに,たばこしょいな,よからぁ[=それでいいでしょう],なんだいや[=どういうことだ]
   西部……ばんじまして[=こんばんは],あげ、どげ、そげ[=あれ・どれ・それ],ええしこ[=いい具合に],がいな,がんじょ

また、できればお酒を飲んでいる場所で、気軽に使ったり、県外の方が「え、こんな表現するのか」と興味をひく表現も入れるようにしました。解説も、「地元の日常的情景」が浮かぶようなスタイルを心がけました。

●「たばこしょいな」は、今も地元の皆さんの日常語ですか。

主に、県中部・西部の言葉ですが、50代から上で使う言葉です。いわゆる「おじいちゃん語」です。「たばこ=休憩」の意味を知らない方は、「いや吸いません」と必ず断ります。ただ、20代以下でも地元なら意味は通じると思われます。

●お客様の反応はいかがですか。

反応は様々ございますが、中部のある蔵元さんは発売から4年たった今でも、方言ラベルの増刷をされています。また、全種類集めて、「方言パネル」のようにしている方もいらっしゃいます。

●そのパネルをぜひとも拝見したいですね。

*

なお、選ばれている語のうち、「えらい」は、鳥取県域で広く使われている語です。また、「がんじょ」は、『日葡辞書』(1603年)にも「がんじょう」[=労働をしたり、旅行をしたりなどする体力]として載っていて、意味の変化はあるものの、鳥取方言の特徴の一つである語彙の古態性を示すものです。

総じて、日本酒の香り・味とともに、鳥取らしさをアピールすることに成功していると言えるのではないでしょうか。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 大橋 敦夫(おおはし・あつお)

上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

大橋敦夫先生監修の本

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。