日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第54回 「掟」化について

筆者:
2014年2月23日

会話データ収録をきっかけとして私が関わることになった社会人サークルは,前回述べた阿波踊りの団体「てんばらみとら連」以外にもいろいろとある。その中で,すがすがしい「てんばらみとら連」の対極に位置するのが「株式会社 不謹慎」である。

「株式会社 不謹慎」とは,とにかく不道徳なことを言い合い楽しもうという反社会的な輩どもが,自ら「不謹慎」と居直り「株式会社」を僭称している,けしからん団体である。私は一応オブザーバ的な存在ということで,この社の「社外役員」を仰せつかっており,今年の正月には勤務先に年賀状までいただいてしまった。

同社の定款には「代表取締役以下,社員一丸となって不謹慎な言動に励まねばならない」とあるのだという。さすがにそれだけのことはあって,ここで交わされる会話はとにかく不謹慎である。人間のあくどさ,汚さから目を背けて,活きた話しことばがつかまえられるのか,と考え込まされるような深い発言を聞くこともないわけではないが,せっかく収録しても学会や研究会や授業でほとんど公開できないというのが悩みの種である。

中心的なメンバーは会社の社長や重役,協会の会長,テレビ・ラジオ番組のプロデューサーなど,錚々たる顔ぶれの人たちで,この人たちがこんなことをと唖然(あぜん)とすることも多い。或る時,メンバーのプロデューサーから「実は,ことばを専門に研究していらっしゃる先生に,折り入ってご相談申しあげたいことがございます。○月○日,お仲間の○○さんの会社でお待ちしていますから」と,いつになく真剣な口調で告げられ,普段はワイ談しかしゃべろうとしないこの人が,一体何事かと思ってその会社をたずねて行ったら,たしかに社長室にそのプロデューサーが思い詰めた表情で待っていて,開口一番「ワイ談の世界大会を開催できないものでしょうか」と言われたことは今でも忘れられない。

「残念ですが私のような小物ではお役に立てません。世間や文部科学省が無視できないような,たとえば人間国宝の落語家・桂米朝師匠に艶話(つやばなし)を論じて頂くとか,もっとスケールの大きなお方を動かさないと」と辞退したが,「ワイ談は世界じゅう,どこの国や地域にもあります。ワイ談は必ずウケます。ワイ談を交わせば外国人でもすぐ友達になれます。先生,世界平和のために,なんとか」と食い下がられたのには参った。しかし考えてみると,「世界平和のために」などという発言は「株式会社 不謹慎」の定款に反する重大な背任行為であるから,同社の集まりを避け,別の場を設けてこっそり「折り入ってご相談」というのは,筋は通っている。

私は,「鷹の爪団」が「マナーを破ってはならん! それが鷹の爪団の鉄の掟じゃ!!」てな具合に「マナー」を「掟」化していると述べた(前々回)。また,阿波踊りのさまざまな団体がそれぞれ「お手本」の一つを「掟」化していると述べる際にも,そのことを引き合いに出した(前回)。これに対して「株式会社 不謹慎」は,「掟もマナーも,守ってはいかん!」という実に不謹慎な定款を持ち,「掟」や「マナー」の不遵守を「掟」化していることになる。「掟」化もさまざまである。

そう言えば私は,「鷹の爪団」と同様,乗車の「マナー」を「掟」化している組織にも関与しているのだった。それは日本国である。日本国の軽犯罪法第一条第十三号には次のようにある。

第一条 左の各号の一に該当する者は,これを拘留又は科料に処する。
(中略)  
十三  公共の場所において多数の人に対して著しく粗野若しくは乱暴な言動で迷惑をかけ,又は威勢を示して汽車,電車,乗合自動車,船舶その他の公共の乗物,演劇その他の催し若しくは割当物資の配給を待ち,若しくはこれらの乗物若しくは催しの切符を買い,若しくは割当物資の配給に関する証票を得るため待つている公衆の列に割り込み,若しくはその列を乱した者

つまり,列車に乗る際に列を乱すのは,「鷹の爪団」だけでなく日本国でも,「マナー」違反であると同時に「掟」違反である。

だが,そのような「掟」は,ここで問題にしている「掟」ではない。ここで問題にしている「掟」「マナー」「お手本」は,日本語社会における文化的制約,つまり日本語社会に暮らす私たちが何となくであれ「感じる」制約を三種類に分けたものである。まず適用されることがなく,万が一適用されれば「えっ,そんなのがあったの?」と我々の多くが驚くような法律が,実は日本国で制定されていたとしても,それはここで問題にしている「掟」ではない。「鷹の爪団」はいざ知らず,日本語社会においては,乗車の列を乱すのは「掟」違反ではなく,「マナー」にだけ違反していると考えておく。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。