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Those Were The Days(1968/全米No.2,全英No.1)/メアリー・ホプキン(1950-)

2013年 1月 16日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー〜キーワードから読み解く歌詞物語〜 第65回

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●歌詞はこちら
http://www.lyricsty.com/mary-hopkin-those-were-the-days-lyrics.html

曲のエピソード

初めて聴くのに、どこか懐かしかったり郷愁をそそられる曲というのは少なくない。この「Those Were The Days(邦題:悲しき天使)」もそうした曲のひとつで、ロシアの古い大衆音楽を下敷きにしたもの。筆者の記憶を辿ると、リスナーに“初めて聴くのに過去にどこかで耳にしたような気がする”という錯覚を起こさせる曲は、ヒットする可能性が高い気がする。筆者が今でも憶えているのは、アメリカのペブルス(Pebbles/1965-)という女性シンガーの大ヒット曲「Girlfriend」(1987/全米No.5,全英No.8)が、イギリスの某音楽評論家から「初めて聴いたのに、もう何千回も聴いたかのような曲」と酷評されていたこと。それに倣って言えば、「Those Were The Days」もまた、初めて耳にした人が十中八九「どこかで聴いたような気が…」と思う曲である。その既視感ならぬ既聴感(注:筆者による造語)もあってか、ここ日本でも、オリコンのチャートで見事No.1を記録した。

イギリスの超スリムなモデル、ツィッギー(Twiggy/1949-)に発掘され(余談だが、筆者はこのツィッギーなる人物を、子供の頃に亡母の蔵書『サザエさん』の4コマ漫画で知った)、彼女がビートルズのポール・マッカートニーに電話してメアリーのことを伝えたことから、彼女は瞬く間にスターダムを駆け登ることに……。私物の日本盤シングルの解説によれば、“メリー・ホプキンは、ビートルズの設立したアップル・コープスのレコード制作部門、アップル・レコードの専属シンガーの1人。8月下旬だったと記憶するが、彼女のデビュー・レコード〈悲しき天使〉は、ビートルズ、ジャッキー・ロマックス、ブラック・ダイク・ミルス・バンドとともに第1回発売として送りだされた”とのこと(音楽評論家の故福田一郎氏による文章)。が、全英チャートでは首位の座を射止めたものの、全米チャートではビートルズの「Hey Jude」が9週間にわたってNo.1の座を死守していたために、ポールの秘蔵っ子の「Those Were The Days」はNo.2に甘んじてしまった。何とも皮肉な話である。

なお、日本では、今でも1968年当時のカタカナ表記“メリー・ホプキン”で通っているようだが、「メリーさんのひつじ」じゃあるまいし、余りにカッコ悪いので、本連載では原音に近い“メアリー”と表記した。

曲の要旨

若かった頃は、よくあのパブで一緒にグラスを傾けて将来の夢を語り合ったものよね。屈託のない笑いと漠然と明るいと信じていた未来を語り合ったあの日々。あの頃は、そういう毎日が永遠に続くと思い込んでいたの。あれから瞬く間に年月が流れて、今、同じパブの前に立ってみると、何もかもが様変わりしていて愕然とするわ。でも、パブの入り口から懐かしいあなたが入ってきて、昔のようにお酒を一緒に呑みながら思い出話をすると、私たちの心の中では当時の夢がまだ息づいているってことが判るの。私たち、年齢は重ねたけれど、気持ちの上ではまだあの頃のままなのよね。友だちのあなたに教えてあげるわ、それが私たちの青春時代だったのよ。

1968年の主な出来事

アメリカ: 大統領選候補者ロバート・ケネディが暗殺される。
公民権運動指導者のマーティン・ルーサー・キング Jr.牧師が暗殺される。
日本: 静岡県の旅館で殺人犯の立てこもり事件が発生。世に言う「金嬉老事件」。
世界: 南ヴェトナム民族解放戦線軍がサイゴンに進撃し、アメリカ大使館を占領。

1968年の主なヒット曲

Green Tambourine/レモン・パイパーズ
Love Is Blue/ポール・モーリア
Tighten Up/アーチー・ベル&ザ・ドゥレルズ
Stoned Soul Picnic/フィフス・ディメンション
Love Child/ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームス

Those Were The Daysのキーワード&フレーズ

(a) Those were the days
(b) forever and a day
(c) older but no wiser

この曲をレコーディングした時、メアリー・ホプキンはまだ18歳だった。なのに、この老成した歌詞の内容は、一体全体どうしたことなんだろう? 「あの頃はパブで一緒にお酒を酌み交わして将来の夢を語り合ったものよね」なんて歌っているが、彼女は赤ん坊の時に既にパブで酒を呑んでいたのだろうか?(ウワバミの筆者からすれば羨ましい話だが……)――というのは冗談としても、歌詞の内容が余りに懐古趣味に走り過ぎている。もちろん、メロディもクラい。アレンジもクラい。唯一の救いは、曲の最後でメロディがやや明るくなる点だろうか。筆者は、この曲のシングル盤(時代を考えれば“ドーナツ盤”と呼んだ方がふさわしいかも知れない)を聴く度に、これを歌ってるシンガーの年齢を瞬時にして忘れてしまう。そして条件反射のように、“若い頃に老けていた人は歳を取ったら年齢相応に見られる”ということを思い出してしまうのだ。既に還暦を過ぎているメアリーさんが、今この曲を歌ったなら、それこそ同世代の人々は涙腺が緩みっ放しになってしまうことだろう。ところが18歳の彼女が歌った当時、“あの頃は良かった”という内容のこの曲が世界中で大ヒットした。筆者が疑問に思うのは、当時、この曲を愛聴していた人々が、メアリー・ホプキンの年齢を考慮していたか否か、ということである。とにかく老成している。何が哀しくて、妙齢の女性が過去を懐かしむ曲を歌わなければならなかったのだろうか? 筆者はこの点において、今も「Those Were The Days」を彼女にレコーディングさせたポールの意図が全く理解できない。たかだか18年しか人生を生きていない女性に、「あの頃は良かったわねえ…」なんて歌わせてどうする?!

タイトルにもなっている(a)を聴くと、筆者はどうしても、本連載第30回で採り上げたバーブラ・ストライザンドの「The Way We Were(邦題:追憶)」(1973/全米No.1,全英No.31)を想起せずにはいられない。どちらも、二度と戻ってはこない過ぎ去った日々を、感傷的に歌っている内容だからだ。ただし、両者には決定的な違いがある。バーブラのそれは、同タイトルの映画のストーリーを反映しており、若い頃にある男性と恋に落ち、結婚したものの、互いの価値観のズレに徐々に気付き始めて遂には離婚に至るまでの経緯を、“大人の”視線で歌っているのに対し、一方の「Those Were The Days」は、うら若き小娘(と、敢えて言わせてもらう)が、さも人生を味わい尽くしたかのように“若かった頃が懐かしい”と鬱々と歌っているのだ。そして筆者は、いつものようにシングル盤をターンテイブルでくるくる回しながら大音量聴きつつ、その歌声の大きさに負けないような大声で思わず叫んでしまう。「今から老成してどうする?!  アンタまだ18歳でしょッ!!!」 まあ、実際のメアリーさんは、今年5月で63歳なのだが……。(a)は、直訳すると「それらが日々だったの」――意味不明。バーブラの「The Way We Were」からヒントを得てタイトルを解り易く書き換えると、以下のようになるだろうか。

♪Those were the days that we were spending and the way we were dreaming.

そして懐古趣味は続く。(b)はイディオムで、「永遠に、永久に」の他に「延々と、いつまで経っても」という意味も持ち、“forever and ever”と同義である。筆者は、英語の決まり文句的な言い回しの“Time flies when you’re having fun.(楽しい時間は瞬く間に過ぎていく)”というのが昔から大好きなのだが、(b)のフレーズを耳にする度に、その言い回しが頭に浮かんでしまう。箸が転んでもおかしい、とは、日本独特の言い回しで、これまた筆者の好きな表現のひとつであるが、若い頃は、無責任でいられた分、ある意味、わけもなく毎日が楽しく感じられたものである。もちろん、若いなりに悩みは抱えるものだが、若さという最大の武器が、そうした悩みや不安をかき消してくれたことも事実。そして、ここが肝心なのだが、この曲が多くの人々の心を捉えた最大の理由は、(b)のフレーズにある、と筆者は考える。誰もが“若さ”という武器を手中に収めていた頃、そうした日々が永遠に続く、と漠然と思い込んでいたに違いないから。が、時の流れは残酷なもので――

この曲の主人公とそのお相手(もしかしたらボーイフレンドか?)が、実は精神的にほとんど成長していない、ということが判るのが(c)のフレーズ。「あれから年月を経て歳は取ったけれど、それほど賢くなっていない(=年齢相応に大人になったかと言えば、そうとは言い難い)」と歌っているからだ。ここのフレーズもまた、聴く側の心を刺戟せずにはいられないのでは、と筆者は思う。何故なら、筆者もまた、知らず知らずのうちに、想像もしていなかった年齢に手が届こうとしているからだ。最近、トチ狂ったように若い頃に耳にした洋楽ナンバーのシングル盤やLPを買い漁っているのも、「あの頃は良かったわねえ…」という気持ちの顕れなのでは、と、自己分析している。

筆者は「アンチ・エイジング」や「万年青年」などという言葉が虫唾が走るほど大嫌いである。時の流れに身を委ねて歳を取る――それが、自然の摂理に適った人間のあるべき姿だと思うからだ。その一方では、思わず♪Those were the days… と、シングル盤に合わせて、目頭を熱くさせつつ一緒に歌ってしまう自分もいる。歳を取る、ということは、実に複雑怪奇な現象としか言いようがない。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2013年 1月 16日