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談話研究室にようこそ 第45回 エイリアンと物語の構造

2013年 1月 24日 木曜日 筆者: 山口 治彦

第45回 エイリアンと物語の構造

 今回からは,映画に出てくるエイリアンについて考えます。エイリアン?!とのけぞる方もいらっしゃるかもしれませんが,扱うトピックに制限を課さないのが談話研究のいいところです。

 ことの発端は,借りてきたDVDです。

 ジェームズ・キャメロン監督の映画『アバター』(Avatar)は,2009年に公開されると記録的な大ヒットとなりました。あまりに話題になったものですからそれに乗り遅れるのもいかがと思い,たいして気乗りはしなかったのですが,レンタルショップでDVDを借りました。

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 でも,なかなか観る暇がない。借りて1週間経ちました。観ないで返却するのもしゃくです。1週間目の日曜日,研究室で仕事をしていたのですが,パソコンでBGMのように再生しておりました。小さい画面にして聞き流す程度です。

 で,仕事の合間に時おり画面を覗いておりました。最初は『アバター』特有の特殊メイクとCG合成のおかげでよく分からなかったのですが,パンドラの先住民ナヴィを演じる俳優の表情で気づいたのです。あ,この女優さん,アフリカ系の人なんだ,と。

 そしたら,画面から目が離せなくなってしまいました。で,急ぎの仕事はそっちのけで,フルスクリーンにして最後まで観てしまいました。エイリアン(異星人)という役回りとキャストの人種的バックグラウンドとの関係が気になったからです。

 そして,この映画についてまじめに考えるようになりました。異質な存在であるエイリアンを登場させることが物語にどのような影響を与えるのだろうか,それを一般の観客に説得力のあるかたちで提示するにはどうしたらいいのだろうか,この映画では主人公は異星人に味方して地球人と戦いますが,それでも主人公に感情移入できるためにはどのような仕掛けが必要だろうか,と。

 映画は,とくにハリウッド映画は,一般大衆に分りやすい提示を心がけています。その際,観客と映画製作者が共有する常識を当然前提とします。ということは,両者が暗黙の了解としている共通事項を,映画を分析することで取り出すことがでるはずです。そういうことをエイリアンに絡めながら考えてみたいのです。

 エイリアンという存在はかなり極端な例ですので,もう少し身近な例で説明します。人間嫌いの主人公がいたと仮定してください。お話をその人間嫌いを中心に展開させるには,どのような条件が必要でしょうか。

 以前,私のゼミで話し合ったことがあります。ある学生が卒業研究にそういった映画——クリント・イーストウッド主演の『グラン・トリノ』と吉岡秀隆主演の『ALWAYS 三丁目の夕日』——を選んで,コミュニケーションが苦手な人の有様について考察しようとしたのです。

 で,皆に考えてもらいました。人とのコミュニケーションを嫌がる人物を主人公にして物語を動かすには何が必要か。

 別の学生が言いました。そういう映画には必ず,「最初に寄ってくるヤツ」が登場する,と。主人公は人間嫌いだから,そのままでは人との交渉を避ける。すると,人と人とのかかわりが何も起こりえないので,ヒューマン・ドラマが描けない。無理矢理にでも話を進めるためには,「最初に寄ってくるヤツ」を登場させて,主人公と何らかの係わり合いを持たせる必要がある。そういうわけです。(なかなかおもしろそうな授業でしょ?)

 さらに言えば,その「最初に寄ってくるヤツ」は,大人よりも子供のほうがいい。か弱くいたいけな子供なら,守ってあげねばという感情を引き起こしやすいからです。

 そして,その「最初に寄ってくるヤツ」との交渉を通して,人間嫌いが社会的に成長する物語を描く。そういう映画にするのがもっとも自然じゃないでしょうか。つまり,人間嫌いは必要な何かが欠けている状態を物語にもたらし,その欠損状態が解消されることによって物語が閉じる,というわけです。はたして,『グラン・トリノ』も『三丁目の夕日』も,まさにそういう映画でした。

 何が言いたいかと言いますと,物語の展開をほぼ必然的に定めてしまうような登場人物の類型(たとえば,人間嫌い)がいくつか存在し,エイリアンという存在ものそのひとつではないか,と思うのです。そして,そういった物語を引き立たせるには一定の合理的な方法が,これまた必然的に存在するのではないかと考えました。

 そういったことを映画『アバター』を題材に述べようと思います。

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【筆者プロフィール】

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版) 『語りのレトリック』(海鳴社)山口治彦(やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998)『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

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【編集部から】

雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。

2013年 1月 24日