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第46回 ハリウッドのエイリアン

筆者:
2013年2月7日

『アバター』を中心とするエイリアン(地球外生命体)に対する考察で最初に行いたいことは,私たちにとって完全な他者であるエイリアンが映画のなかでどのように造形され,どのような役割を物語のなかで果たすのかをとらえることです。

そこでまず,ハリウッド映画におけるエイリアンの造形について考えます。ハリウッド映画における一般的傾向を確認してから,そのうえで『アバター』の問題について個別に考察してみましょう。というのも,史上最高のヒットとなったこの映画は,他からは隔絶した孤高の作品というわけではなく,ハリウッド映画の伝統をしっかり受け継いでいるからです。だから,ハリウッドの「常識」を先に見ておくのがよいと思うのです。

ハリウッド映画に登場するエイリアンは,人類にとって敵対的であるか友好的であるかによって,その外見的特徴や物語のなかで果たす役割に,大きな違いが生まれるようです。

人類に対し敵意を持つエイリアンは,せん滅すべき対象として描かれます。『エイリアン』,『プレデター』,そして『インディペンスデイ』などのエイリアンがその例です。

敵対的エイリアンはたいてい圧倒的に強く,地球の侵略を試みたり,人類を見境なく殺害したりするので,「やらねばやられる」という状況を作り出します。そして,人類は生存をかけた戦いに否応なく巻き込まれるわけです。

さて,このような敵対的エイリアンの外見はどのようなものがふさわしいでしょうか?

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エイリアンは生き物です。その命はむやみに奪えません。ですが,エイリアンをやっつけて人類を危機から救うという,分かりやすい筋立てにするために,大衆的な娯楽映画では「撃退しても心の痛まない」エイリアンが作られます。

このような要請を背負ってデザインされるエイリアンは,昆虫や爬虫類など,人間や哺乳類から遠いイメージをまとうことが多いようです。カットはH. R. ギーガーがデザインした『エイリアン』のエイリアンです。生理的に嫌悪感・恐怖感を催します。

このデザインが秀逸なのは,昆虫のような不気味さや両生類の粘液のような気持ちの悪さに加え,生命を否定するような無機的な印象すら与えることです。(実際,宇宙船内の機器が突然動き出して,機械と思っていたものがこのエイリアンの擬態であったと分るシーンは何度観ても戦慄します。)そして,このように気味悪い造形は,恐怖に打ち勝ちエイリアンを駆逐するプロットに都合いいのです。

さらには,上記3つの映画に共通する特徴として,エイリアンの目は私達とのアイコンタクトを許さない構造になっています。瞳が認められません。心を通わせるようなコミュニケーションは,外見からしてその可能性が奪われているのです。交わる可能性がないので和解はありえません。だから,撃退されねばならないのです。

どうやら,エイリアンの造形は,物語の構造と大きく関わるようです。敵対的エイリアンの登場は,地球人対エイリアンという対立と分離の構造を物語に必然的に導入します。

対立と分離の構造は,調和を欠いた不安定な状態です。調和を取り戻して物語が終結するには,(双方が和解する可能性は低いので)対立軸の一方が消え去るしかありません。地球人が滅亡する映画を観たい人は多くないでしょうから,エイリアンがせん滅されるよりほかないのです。これが,敵対的エイリアンを導入する際の物語上の必然です。敵対的エイリアンを登場させた時点で,娯楽映画の筋立てはほとんど決まってしまうのです。

このように述べると,ハリウッド映画のストーリーは定型が横行する陳腐なものと思えるかもしれません。しかし,ストーリーが定型に従うことと作品が陳腐であることは,同義ではありません。陳腐とユニークの線引きには,ほかにも多くの要素が介在するはずです。

むしろ,物語の定型にもとづいた作品は,誰にとってもなるほどとうなずける構造を持っています。つまり,説得力のあるシンプルで強いストーリーを展開するのに,定型は強力な武器となります。そして,ハリウッド映画は総じて,説得力のある分りやすい物語を求めているのです。

では,友好的なエイリアンの場合はどうなるのでしょうか。また,『アバター』の先住民ナヴィは,どちらに位置づけられるでしょうか。次回にお話しします。

筆者プロフィール

山口 治彦 ( やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。

専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。

著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版)

 

『語りのレトリック』(海鳴社)

編集部から

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