「地域語の経済と社会」のシリーズでは、日本国内にかぎらず、海外の方言事情も時々紹介しています。今回は、チェコ(Czech Republic)の首都プラハから南東180kmに位置するブルノ(Brno)の方言を紹介します。チェコは、ボヘミア地方(西部)とモラビア地方(東部)に大きく2つに分けられますが、ブルノは、南モラビアの中心地として栄えた工業都市で、人口約40万人です。
チェコ語の方言は、大きくボヘミア方言、モラビア方言、ハナー方言、ラフ方言の4つに分けられます。ボヘミア方言は、モルダウ川流域に栄えたドイツに接する西部地域に分布します。ブルノは、モラビア方言地域に属しています。地図を見てみると、首都のプラハより、オーストリアのウィーンに近く、両都市間の距離は約100kmです。
ハナー方言は、中央モラビアで話されている方言で、ゆっくりしたテンポでリラックスした感じの方言です。ラフ方言は、ポーランドに国境を接するシレジア地方で話されている方言で、母音が短くかたい感じを与えます。
(http://hlavaczek.blogspot.com/2008/04/mapa-ne-r.html)
ブルノ方言のことを、市民は、Hantec(地元言葉の意味)と呼んでいますが、Hantecのほうがチェコ語のもともとの形と音声をとどめているとベラ・フィアロバ(Věra Fialová)さんは言います。モラビア地方は、スラブ民族によって9世紀~10世紀に大モラビア王国が形成されていました。その後、ドイツ人やユダヤ人、チェコ(ボヘミア)人が移住しました。第一次大戦まで、ハプスブルク家、オーストリア・ハンガリー帝国の支配下にあったので、ドイツ語が公用語であった時期もありました。民族復興とともにチェコ語が公用語になりましたが、首都プラハより、歴史を経てきて文化遺産の多いブルノのほうが、チェコ語のルーツを保持しているのです。
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【写真1】は、ビールの泡の上にブルノの丘の上の教会がそびえています。“Staro Brno”(古いブルノの意)というビール会社の宣伝です。“ŠKOPEK(ジョッキー),CO(代名詞which),HODIL(与えた),JMÉNO(名前),ŠTATLU(町の中心・旧市街)”は、「町の中心に名前を与えたビール」という意味ですが、ブルノ方言で書かれています。標準チェコ語だと、“Pivo, co dal jméno centrum města”となります。
“denki ostravaka”(追放された言葉で書いた日記【写真2】)は、方言で書かれた日記です。何冊かのシリーズになっています。50から60ページの薄い本でしたが、一冊110コルナで日本円にすると約550円です。
記事を書くにあたってご協力くださったVěra Fialováさんと、友人の重盛千香子さんに厚く御礼申し上げます。
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。