地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第92回 井上史雄さん:“ウザイ”新方言のコマーシャル
Commercial messages of a new dialect expression by “uzai”

筆者:
2010年3月27日

新方言「ウザイ」を使ったテレビコマーシャルに気づきました。インターネットで情報をさぐったら、パソコンに表示されることが分かりました。以下をクリックするとたどりつけます。
//www.pizzahut.jp/more/cm/special/
 ピザハットのテレビコマーシャルで、動画も出ます。字幕にも「ウザイほど美味しい。」と出ます。

「ウザイ」の前身は東京多摩地区の昔からの方言「ウザッタイ」(うっとうしい、不快だ)です。1980年代に現地調査で確認しました。30年で語形も意味も使用場面も使用地域も大きく変化しました。4月1日から始まるNHKテレビ木曜夜の「みんなでニホンGO!」でも取り上げられます。その後「ウザッタイ」は新方言として全国に広がり、歌でも使われます。歌詞ナビで検索したら、以前は「じれったい愛」だけでしたが、今は9曲に増えていました(2010/02/24)。

「ウザッタイ」の短縮形「ウザイ」は、1980年代に東京氷川の中学生の作った方言集に載っていました。
//triaez.kaisei.org/~yari/Newdialect/nddic.txt

ところが、もっと古い例が見つかりました。多摩地区では以前から「ウザイ」を使っていたらしく、「稲城方言カルタ」(1994)にも「りょうけんに ひねえ 頭がうぜえから」(考えがなかなかまとまらない、頭が悪いから)とあります【写真】。このかるたを作った人に問い合わせたら、色々な人に確かめてくださいました。明治・大正生まれの人が使っていたそうです。今の若者のウザイとは意味が違いますが、ずいぶん昔からあった言い方です。

稲城方言カルタの箱
稲城方言カルタ「りょうけんに…」絵札
稲城方言カルタ「りょうけんに…」読み札
【稲城方言カルタ】

余談
 「おいしい」「うまい」の方言は第84回で取り上げられました。共通語形は、このコマーシャルによれば、「おいしい」なんでしょう。全国の方言分布は、国立国語研究所のホームページの「日本言語地図」第6集291図で確かめられます。
//www6.kokken.go.jp/siryokan_data/drep_siryokan/laj_map/LAJ_291.pdf

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。