地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第91回 田中宣廣さん:「駅弁シリーズ(2) ―奈良時代の日本語も生きる―」

筆者:
2010年3月20日

駅弁は,その土地の地方色を出すことが求められます。名物料理や特産物を入れたり,土地にふさわしい名称を付けたりします。方言が使われるのが自然な成り行きだと思いますが,意外と少ないようです。

この連載の第62回では,福島県の郡山駅の「方言駅弁『ずうずう弁』」が紹介されました。今回は,その駅弁シリーズ(2)とします。2件紹介します。

一つは,「までぇにつぐったお弁当」【写真1】です。宮城県のJR仙台駅内で発売されています。

【写真1】までぇにつぐったお弁当
【写真1】までぇにつぐったお弁当
(クリックで全体を表示)

「までぇに」は,パッケージの共通語訳のとおり,「ていねいに」の意味です。(あとで解説)

「つぐった」は,東北方言の特徴である語中カ行音の濁音化現象を写していますね。

これらの解説や,「宮城のうめぇもん ぎっしり」の方言も記されています。⇒【写真1~全体】

さて,「まで」は,今から1400年以上前の奈良時代から続くことばです。元の意味は「両手」です。

はっきりと「両手」の意味の用例が確認できるのは,鎌倉時代で,「まて」でした。奈良時代にもその用法があったことも推定されています。

『万葉集』(759年頃成立)は,漢字だけで日本語を表す万葉仮名で表記されていますが,その表記方式の一つに戯訓と呼ばれる当て字的表記があります。そのなかで,助詞の「-まで」の多様な表記のうち,両手を示す表記(「二手」「左右」「左右手」「諸手」)もあります。これが,奈良時代に既に両手の意の「まで」があった証明とされています。

正宗敦夫編『万葉集総索引』で数えたところ,助詞の「-まで」は全部で167例,うち,両手を示す表記でのものは54例でした。

「まで(まて)」の「ていねい」の意味は容易に理解できます。両手で物を扱うのは,片手でよりていねいになりますね。そこからこの意味が,安土桃山時代から出てきました。これが,現代では東北地方の方言で使われます。「まて」も「まで」も,東北方言では「ま[で]」です。

なお,お弁当は中華弁当で,宮城県大崎市の福祉施設で作った餃子や焼売を使い,施設と仙台市の業者の共同企画で製作されています。

もう一つ,お弁当そのものではなく,企画旅行商品です。

JR東日本の駅弁付きツアー「駅行く弁」です。「弁」のところが,勧誘の「べー」と掛けられ,「駅行くべー」(駅に行こう)となっています。

“東北新幹線”が駅弁を食べる図柄がシンボルマーク【写真2】です。

【写真2】駅行く弁(駅行くベー)
【写真2】駅行く弁(駅行くベー)

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。