地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第118回 日高貢一郎さん:口蹄疫に負けるな! 宮崎県

2010年9月25日

ことし、宮崎県で家畜の伝染病「口蹄疫(こうていえき)」が発生して猛威をふるい、「宮崎牛」のブランドなどで知られる宮崎県の畜産は甚大な被害を被りました。

発生が最初に確認されたのは4月20日、県中部の児湯郡都農町(こゆぐんつのちょう)でした。以後、県西南部えびの市に飛び火し、さらに宮崎県内の6市5町に拡大。
 宮崎県や農水省、関係団体などが懸命の対応で防疫と拡大防止に奔走しましたが、結果として約29万頭に及ぶ牛や豚が殺処分されることになりました。
 発生以降、畜舎の徹底消毒はもちろんのこと、家畜の移動制限や搬出制限、多くの人が集まる行事等の自粛、県内を通行する車などにも徹底した消毒・防疫体制が敷かれました。

その甲斐あって、「非常事態宣言」が解除されたのが7月27日。それからひと月後、8月27日に発生確認から130日目にしてようやく「終息宣言」が出されました。
 この間、全国各地から、多くの義援金や励ましの声が寄せられ、力強い応援・支援に支えられて、いま懸命に立ちあがろうとしています。

が、本当の復興・再生はこれからです。風評被害があったり、観光客のキャンセルなども少なくないとのこと。エース級の種牛が残ったのがせめてもの救いですが、ウイルスの侵入経路は未解明のままで、依然として不安は残っています。
 元のような元気な町や県の姿に戻るには、何年かかるのでしょうか……。今後、関係者を中心に、県民挙げての努力が続きます。

(写真はクリックで拡大表示します)

【写真1 川南町の通りに掲げられた横断幕(提供:川南町商工会)』】
【写真1 川南町の通りに掲げられた横断幕】
(提供:川南町商工会)

その渦中にあって、被害が最も集中し、対応に追われている町の一つが、宮崎県中部に位置する児湯郡川南町(かわみなみちょう)です。町の中心部の商店街「トロントロン通り」には「がんばっどぉ!! 川南」という、肉太の筆文字の横断幕が掲げられています。【写真1】
 「~すっど」は強い決意や意志を表し、共通語の〔~するぞ〕に当たります。
 町商工会のメンバーで話し合い、何とかこの苦境をみんなで力を合わせて乗り切りたいという思いと願いを込めて制作したのだということです。

【写真2 都城市立明道小学校の横断幕】
【写真2 都城市立明道小学校の横断幕】

もうひとつ……。県南西部の中心都市・都城市も、県内はもとより、国内でも有数の畜産の盛んな地域ですが、やはり口蹄疫禍に見舞われました。
 都城市役所と国道10号線を挟んで向かい合った明道(めいどう)小学校の運動場の防護ネットにも、方言を活かした横長の大きな幕が掲げられました。【写真2】
 「きばっど! みやざき!! 口蹄疫に負けるな !!」と力強い字体で大書され、その周りには子どもたちが書いた牛と豚の顔のイラストとメッセージがびっしりと書かれています。
 「きばる」は「気張る」で、〔元気を出す、気力を奮い起こす、一生懸命取り組む〕という意味。「~ど」は先の川南町の場合と同じです。

「がんばるぞ! 負けないぞ!」という決意を表すことは、共通語でも方言でも可能ですが、共通語で表現した場合と比べて、やはり方言のもつ訴求力、迫真力、直接性の強さが印象に残ります。《自分たちの強い思いを、実感を込めた自分たちのことばで表現したい!》 これらの横断幕は、その言語効果を考えての方言活用だったと考えられます。
 口蹄疫に負くんなよ! 頑張らんとだめど 宮崎県!!

《参考》川南町のホームページ//www.town.kawaminami.miyazaki.jp/index.jsp のトップページ左下にある「広報川南」をクリックすると、『広報かわみなみ』第115号(2010.7.7発行)の表紙=「がんばっどぉ!! 川南」の横断幕の写真が見られます。
 都城市立明道小学校のホームページは、
 //www.miyazaki-c.ed.jp/miyakonojo-meido-e/ を参照。都城でも口蹄疫が発生したことをうけ、児童たちと何かそれに対する活動をしたいと、PTAの発案で横断幕が企画されたことや、体育館で横断幕制作中の写真などが紹介されています。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。