地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第117回 井上史雄さん:北海道の方言みやげ―新方言「なまら」の増殖
Dialect souvenirs of Hokkaido — Proliferation of new dialect “namara”

筆者:
2010年9月18日

北海道には方言がないと思っている人が、以前にはいました。しかし、方言みやげはちゃんとあります。去年と今年の夏、続いて札幌に行きました。行動圏はほぼ同じなのに、目にするものは違っていました。方言グッズは転変が激しいのです。

今年新しくコレクションに加えたのは扇子です。たくさんのことばが並んでいたのですが、文字を記してみたら、5種類だけでした。【写真1】

【写真1 北海道の方言扇子】
【写真1 北海道の方言扇子】
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「めんこい したっけねぇ♡ だべ? なんまら わやっ」

ハンカチも4枚同じ売り場にありました。

「めんこい したっけねぇ♡ だべ? なんまら」です。

同じ店で目についたのはTシャツです。それぞれ次の5単語ですが、書き方が違います。

「めんこいしょ♡ したっけね♡ だべさ♡ なまらっ♡ わやっ」

売り場の訳語付きのパネルでは、意味がこう書いてありました。

「かわいい そしたらね でしょう すんごい ひどい」

小樽のみやげ店には当店特製というTシャツがあり、親切に、本体に訳が付いていました。

 なまら めんこい(凄くかわいい)
  たいした あずましい(とても落ち着く)
  しばれて ゆるくない(寒くてつらい)

以上の方言グッズの多くに登場したのが強調語「なまら」です。固有名詞にも採用されています。

【写真2 無料宣伝誌namara】
【写真2 無料宣伝誌namara】
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 無料宣伝誌namara【写真2】
  ホルモン焼き店 なまら

また地下鉄吊り広告のパチスロ店の広告に「なまら凄い1週間」とありましたし、観光客向けのリーフレットの呑み屋の広告には「なんまら旨い海鮮丼」と書いてありました。

ちょうどモスバーガーで地域限定の品を出しており、北海道は「ザンギバーガー」(鶏唐あげの北海道弁)。そのトレイシートには「なまら、うまい」と書いてありました。

北海道と新潟で使われている新方言「なまら」。今勢いが強まっているようです。そうなると別の言い方も増殖させます。「なんまら」です。さらに「なんま」が広がっているそうで、2008年にNHK北海道で番組を作りました。街の景観の文字としてはまだ見ていません。目撃した方、教えてください。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。