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I Feel For You(1984/全米No.3,全英No.1)/チャカ・カーン(1953-)

2013年 5月 22日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌詞物語~ 第83回

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●歌詞はこちら
http://www.lyricsmode.com/lyrics/c/chaka_khan/i_feel_for_you.html

曲のエピソード

今では歌とラップのコラボなど珍しくも何ともないが、この曲がヒットした1984年、それが人々の耳にはひどく斬新に聞こえたものである。ラップを取り入れたR&Bナンバーはこれが嚆矢ではないが、この曲が大ヒットに至ったのには(R&Bチャートでは3週間にわたってNo.1)、ラップを大胆にフィーチャーしたことも要因のひとつに挙げられると思う。しかも、ゲスト・ラッパーは、ヒップ・ホップ・カルチャー黎明期(これを俗に“オールド・スクール”と呼ぶ)に大活躍したグループのひとつ、グランドマスター&ザ・フューリアス・ファイヴのメイン・ラッパー、グランドマスター・メリー・メルとあっては、印象に残らないはずがない。特徴のある声とフロウ(=ラップのスタイル)はオールド・スクール時代のラッパーたちの中でも群を抜いており、当時、彼の物真似をするアマチュア・ラッパーが大勢いた。

もともとはプリンスの楽曲で、彼が1979年にリリースしたセルフ・タイトルのアルバムにオリジナル・ヴァージョンが収録されている。チャカのヴァージョンで特筆すべきは、先述のメリー・メルの印象深いラップの他、これまた耳に残る曲中盤で聞こえてくるハーモニカの音色。勘のいい人ならすぐにピンと来るだろうが、これも特徴的なハーモニカの演奏で、吹いているのはスティーヴィー・ワンダー。しかも、彼の初ヒットとなったライヴ仕立ての「Fingertips - Pt 2」(1963/全米No.1)をサンプリング(既存の曲の一部をある曲に取り入れる手法)するという芸の細かさ。ラップ・ナンバー以外で――つまり歌モノで――サンプリングをする、という手法は、当時かなり珍しかった。古くからのスティーヴィーを知ってる人が思わずニンマリとしてしまう箇所である。

ご存知の方も多いと思うが、チャカはソロ・シンガーになる前、1972年から1983年にかけて、ルーファス(Rufus)というバンドのリード・ヴォーカリストだった。ソロ転向後の初ヒットは、ホイットニー・ヒューストンのカヴァーでも知られる「I’m Every Woman」(1978/全米No.21)だが、同曲はR&BチャートでこそNo.1を記録したものの、レーベル側からすれば、全米チャートでの結果は飽き足らないものだった。そこで、チャカに何とかヒット曲を、と目論んだレーベル側と、プロデューサーのアリフ・マーディンが知恵を絞り、チャカが大ファンだったというプリンスの楽曲をカヴァーさせることにしたという。たまたまチャカとプリンスが同じレーベルに属していたことも幸運だったのではないだろうか。話はトントン拍子に決まり、結果、この「I Feel For You」はチャカの代名詞的大ヒットとなった。更に言えば、プリンスは、自ら歌ったヴァージョンではなく、チャカのカヴァー・ヴァージョンでグラミー賞の最優秀R&B楽曲賞を受賞している。チャカにとってもプリンスにとっても、そしてリスナーにとっても、忘れ得ぬ大ヒット曲だ。

曲の要旨

あなたを見つめていると、胸の奥が熱くなっちゃうの。あなたに何かされると、まるで魔法にかけられたみたいに満ち足りるわ。あなたに胸がときめいているのよ。私、あなたを愛しちゃったみたい。私があなたに惹かれてる最大の理由のひとつは、あなたのセクシーな身体なのよ。今さら体裁を繕うつもりはないわ、ハッキリ言ってあなたの身体にゾッコンなの。もう、あなたのためなら何だってしちゃうわよ。あなたにシビレているの、私、あなたを愛しちゃったみたいね。

1984年の主な出来事

アメリカ: ロサンゼルスでオリンピックが開催される(ただし、旧ソ連と東欧諸国は不参加)。
日本: 江崎グリコの社長が誘拐され、後のグリコ・森永事件へと発展。
世界: イギリスのサッチャー首相が中国を訪問し、1997年に香港を返還するとの共同声明を発表。

1984年の主なヒット曲

What’s Love Got To Do With It/ティナ・ターナー
She Bop/シンディ・ローパー
Easy Lover/フィリップ・ベイリー with フィル・コリンズ
Out of Touch/ダリル・ホール&ジョン・オーツ
Like A Virgin/マドンナ

I Feel For Youのキーワード&フレーズ

(a) rock somebody
(b) There’s something about ~
(c) I feel for you

メリー・メルのラップを聞いて「おや?」と思う人がいるかも知れない。“チャカ”ではなく“シャカ”と発音しているから。日本では“チャカ”というカタカナ表記が定着しているが、英語圏での発音は“シャカ”である。“Chicago”が“チカゴ”ではなく“シカゴ”であるように(ただし、時々“チカゴ”に近い発音を聞くこともある)。チャカはそのことを先刻承知で、過去の来日公演では、わざわざ自分の名前を“チャカ”と発音してファン・サービスをしていた。エンターテイナーの鑑のような女性である。

そのメリー・メルのパートに出てくる(a)は、洋楽ナンバーに頻出する言い回しで、「君を無我夢中にさせる、(セックスで)刺激する」という意味。ディスコ時代の大ヒット曲「Rock You Baby」(1974/ジョージ・マクレー)も同じ意味。その昔、筆者の音楽仲間が同曲のレコードを同じ空間で聴きながら「イヤラシイ曲だねえ~!」と言ったのが忘れられない。動詞としての“rock”には、一般的英語で「(~を)揺する、なだめる、和らげる」という意味があるが、ここでのそれはスラング的言い回しで、かなり昔から今に至るまで用いられ続けている。洋楽ナンバーに“Let me rock you…”という表現が出てきたなら、スラング的言い回しとみてまず間違いない。曲の要旨を見て頂くと判るように、そもそもこの曲はセクシーな内容であるから、(a)が一般的英語の意味と捉えるのにはちょいと無理がある。

チャカが歌っているヴォーカルのパートから選んだ(b)もまた、洋楽ナンバーにしょっちゅう出てくるのだが、これがなかなか日本語に訳しづらい。直訳すれば「~について何かがある」だが、これだと意味不明。筆者がその言い回しについて「そういうことだったのか!」と膝ポンしたのは、今から20数年前のことで、アメリカの音楽関係者が、それこそチャカを指して“She’s something!”を連呼したのを目の当たりにした時。彼は、「とにかく彼女はスゴい!」と言っていたのだ。辞書の“somebody”の項目には、「ひとかどの人物」という、少し持って回った意味が載っているが、それを“something”に置き換えると、「ただならぬこと、素晴らしいこと」と解釈できないだろうか。また、少し意訳するなら、「他の人とは違う特別なもの」という解釈でもいいかも知れない。“something”の解釈は、本当に難しい。筆者は訳している歌詞にこの表現が登場するたびに、アメリカの音楽関係者が“She’s something!”とコーフン気味に語った時のことを思い出しつつ、何とかピッタリくる日本語を当てはめようと努める。英語にしては珍しく含みを持たせた表現の(b)だが、“She’s something!”を踏まえて書き換えると以下のようになるだろうか。

♪There’s something great about ~
♪There’s something wonderful about ~

もちろん、“great”や“wonderful”と同じ意味合いの形容詞を当てはめてもいい。

さて、問題はタイトルにもなっている(c)である。この曲が収録されているチャカのソロ第三弾アルバムも同タイトルだったが、これまた(b)同様、その微妙なニュアンスが日本語になりにくい。辞書の“feel”の項目を調べてみると、自動詞のところに“feel for ~”があり、「手探りで探す、動静を探る、憐れむ」とある。「私はあなたを手探りで探している」、「あなたを憐れんでいる」?!……これだと曲の主旨とかなり掛け離れてしまうんですけど。

そこで思い出したのが、これまたかなり古い話になるが、今から約四半世紀前、筆者が某FM局で選曲とDJが語る英語のスクリプトを担当した時のある質問。アメリカ人のお父さんと日本人のお母さんを持つDJの女性に、日頃から感じていた疑問をぶつけてみた。筆者は、その数年前からマドンナの全米No.1ヒット曲「Crazy For You」(1985)のタイトルが気になって気になって仕方がなかったのだ。質問は、「“crazy for you”と“crazy about you”とどうニュアンスが違うんですか?」。DJの彼女曰く「そうねえ……考えてみたこともなかったわ。日本語にするとどう違うか、ってことでしょ? ううん……ううん……ごめんなさい、日本語で上手く説明できない。でも、ニュアンス的にはそんなに違わないわよ」。――以来、その違いを余り考えないようにしていたのだが、例えば(c)を“I feel about you”と書き換えると、たちまち視界が開けてくるからアラ不思議。何故なら、“feel about ~”は、「~についてある感情を持っている」という意味だから。曲の要旨では「あなたにシビレている」と意訳してみたが、マドンナの「Crazy For You」のお蔭で、後年、何だか疑問が晴れたような気がしたものだ。前置詞の“for”と“about”の近しい関係。けれど、どこか微妙に違ってもいて……。念のために、今一度それらの単語を辞書で調べると、「~のために、~を求めて、~に向かって」の“for”と、「~について、~の周りに、~を取り巻いて」の“about”とでは、ナルホド、ニュアンスが違ってくる。となると、“crazy for you”は「私の気持ちがあなたを求めて一直線に向かっている=あなたに夢中」、“crazy about you”は「私の気持ちが会っていない時にもあなたを取り巻いている=あなたに夢中」、となるだろうか。相手を想う気持ちの度合いを考えた場合、“for”の方が一途な気がする。そう言えば、マドンナの「Crazy For You」は切ない曲だった。

チャカは恋多き女である。若くしてお孫さんが出来てからも、そのことはずっと変わらない。そしてまた、年齢を重ねる毎に声が伸びやかに艶やかになっていっているような気がする。やっぱりシャカは、否、チャカはぬきんでた“something”なのだと実感する。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2013年 5月 22日