タイプライターに魅せられた男たち・第36回

オーガスト・ドボラック(2)

筆者:
2012年5月31日
ドボラックのキー配列を報じるAP電(『Sunday Times―Signal』紙1932年9月25日号)
ドボラックのキー配列を報じるAP電(『Sunday Times―Signal』紙1932年9月25日号)

1932年9月24日付のシアトル発AP電は、奇妙なキー配列を掲載していました。上段から順にPYFGCRL・AOEUIDHTNS・ZQJKXBMWVと並んだこのキー配列は、ドボラックとディーリーが、4ヶ月前の5月21日に、アメリカ特許を出願したキー配列でした。このキー配列を使えば、使用頻度の高い英単語のうち70%は、AOEUIDHTNSの段だけで打つことができる、というのが、彼らの主張でした。さらに、このキー配列では、タッチタイピングにおいて、同じ指で続けてキーを打つことは極めて少ない、とも主張していました。すなわち、英単語中で連続する2文字の出現頻度を調査し、頻度の高い2文字が別の指になるように、キーを配置したというのです。

連続する2文字の相対出現頻度表(U.S. Patent No. 2040248)
連続する2文字の相対出現頻度表(U.S. Patent No. 2040248)

ドボラックとディーリーが準備した出現頻度表では、「er」+「re」が162で、最も高い頻度となっていました。そこで彼らのキー配列では、左手中指に「E」、右手薬指に「R」を配置することで、「er」や「re」を高速に打つことができるようにしました。第2位が「th」+「ht」の149で、右手中指に「T」、右手人差指に「H」を配置しています。以下、第3位の「he」+「eh」、第4位の「ou」+「uo」、第5位の「an」+「na」、第6位の「in」+「ni」、第7位の「to」+「ot」、第8位の「on」+「no」、第9位の「nd」+「dn」、第10位の「it」+「ti」と、同じ指を連続して使わないように、キーを配置していったのです。このキー配列を使って、ドボラックは、ワシントン大学でタイピスト教育を始めました。

ワシントン大学で教鞭をとるドボラック(1932年11月14日)
ワシントン大学で教鞭をとるドボラック(1932年11月14日)

同時にドボラックは、ショールズ(Christopher Latham Sholes)が作ったキー配列(通称QWERTY配列)を、声高に攻撃しはじめました。ドボラックが『Nation’s Schools』誌1933年5月号に掲載した論文「タイプライティング教育のコストは劇的に減らしうる」(Cost of Teaching Typewriting Can Be Greatly Reduced)から、引用してみましょう。

この奇妙で継ぎはぎだらけのキー配列は、ショールズが断腸の思いで繰り返した実験の末、印字点における衝突や引っかかりが起こらないように、キーの配置を決めたものだ。そのような機械的な問題点は、現代のタイプライターからとうの昔に消え去ったにもかかわらず、この継ぎはぎだらけのキー配列は変更される気配すらない。残念なことに、ショールズのキー配列と、英単語中で連続する文字の並びとの間には、単なる偶然を除いて何の関係もない。あるいは、ショールズのキー配列と、印刷所での活字ケースの並びとの間には、やはり単なる偶然を除いて何の関係もない。

オーガスト・ドボラック(3)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。