前回は「逆接」の表現を見てきましたが、このこととの関連で in fact という表現を考えてみましょう。一般に in fact は「実は」とパラフレーズされますが、その前の発話を詳しくみると、「実は」にもいろいろな側面があり、この単純な言い換えでは言い表すことのできない用法があることがわかります。そうすると、文脈によっては、「実は」以外の適切な日本語をあてることが必要になってくることに注意したいと思います。
まず、本辞典から in fact が文頭にくる用法をあげておきます。与えられているそれぞれの語義に対応する日本語に注目してください。
1 〈前言を強調して〉それどころか, むしろ:I don’t like sake much, in fact I hate it. 日本酒はさほど好きじゃない. むしろ, 嫌いな方だ.
2 〈前言を否定して〉ところが実際は:The issue sounds rather simple, but in fact it’s very difficult to solve. その問題は一見容易そうだが, 実際は, 解決するのはとても難しい / Her parents thought she was just a slow learner, but in fact she was deaf in one ear. 両親は, 彼女が単に学習の進度が遅い子なのだと思っていたが, 実は片耳が不自由だった.
3 〈前言を補強して〉実のところ, 実は:It was cold last night. In fact there was a frost. 昨夜は寒かった. 実は, 霜も降りたんだよね / I know the top news anchor really well—in fact, we went out for a drink last week. あの人気ニュースキャスターはよく知っているよ. 実際, 先週一緒に飲みに行ったんだ.
4 〈前言を要約して〉要するに:I didn’t miss the train this morning. That demanding boss was away on business, and I had a date with her. In fact I had a good day! 今朝は電車に乗り遅れなかったんだよ. 例のうるさい上司は出張で不在だったし, 彼女とデートもした. 要するによい1日だったというわけさ.
語義1と3はいわば順接の用法といってよいかと思いますが、1では ‘not like’と言っておいて、そのあとに‘hate’というより意味的により強い語で言い換えています。3では、たとえば、例文1は「寒かった」という状況を「霜が降った」という事実で補強しています。
この語義1と3に対して、語義2は逆接の用法で、前言で表現されている状況をいわば「否定」して、事実を伝えるという働きをしています。いずれの語義でも「実は」を使うことができると思いますが、語義1では言い換えていますので、「それどころか」とか「むしろ」という日本語のほうが in fact の意味をより正確に反映しているのではないでしょうか。
また、語義4は、いろいろな出来事を一つにまとめる使い方ですが、この場合の訳語としては「実は」はそぐわないでしょう。
以上の in fact の用法をまとめると、いろいろな状況に即して「(実際のところは/本当のところは)…である/あった」というときに in fact が用いられるということになり、対応する日本語は前言の内容によって変化させることになると思います。
in fact の用法にほぼ対応する形で as a matter of fact も用いられます。本辞典では3つの語義に分けて記述していますが、in fact と比較してみてください。
1 〈具体的事実をさらに付加して〉実に, 実のところ:I didn’t go to the gym last Saturday. As a matter of fact, I haven’t been there for months. 私は先週の土曜日はジムへは行かなかった. 実のところ, 私は何か月も行っていないんだ / 《本の題名を尋ねられて》 As a matter of fact, I have the title written down somewhere …. There it is! 実は, どこかに題名を書いておいたんだけどなあ…. ああっ, あったよ!
2 〈すでに述べた事実を補強して〉はっきり言うと, 明確に言うと:Our publicity agent is doing really well. As a matter of fact this album joined the week’s top hits. うちの広告代理店は実にうまくやってくれています. 事実, このアルバムが今週ヒットチャートに載りました.
3 〈すでに述べられた事柄を修正して〉ところが, 実際は:《弟が電話で兄に》 “I didn’t think you’d mind me using your car.” “Well, as a matter of fact, I do mind. I had to pick up my friends two hours ago!” 「お兄ちゃんの車を借りても構わないと思っていた」「いや, ところが困るんだよ. 友だちを2時間前に迎えにいくはずだったんだ!」 / “I’ve just heard that Andy and Liz broke up long time ago.” “It’s true, in a sense. As a matter of fact, they have been dating off and on for a year.” 「アンディとリズがずいぶん前に別れたって, たった今聞いたんだけど」「ある意味それは本当さ. 実際のところ, 2人は1年ばかりくっついたり離れたりしてるんだ」.