辞書の原稿を書くとき、ことばの意味を文章で伝えるよりも、イラストで表現したほうが分かりやすいと思われることがあります。特に、物の形や模様などは、それ自体を示せば事足りるともいえます。『三省堂国語辞典』でも、トランプの「クラブ」「スペード」などの項目では、語釈の文中にマークそのものを示しています。
ただ、このやり方では、「どういう条件を満たせばその形といえるのか」が分からないのが弱点です。辞書は、やはり、ことばでものごとを説明するのが基本です。
『三国』の第六版では、「杉綾(すぎあや)」および「ヘリンボーン」を新しく載せました。ファッションに詳しい方なら、すぐにぴんと来るかもしれませんが、この2つは、同じ模様を示しています。いったい、どういう模様でしょうか。
これは、一種の縞模様です。オーバーコートやジャケットなどによく使われています。遠目には縞であることがあまり目立ちませんが、近づいてみると、細かい線を組み合わせた縞模様が見えます。──いや、これでは、あまり説明になっていませんね。
代表的な辞書で「杉綾」を引くと、〈杉の葉のような縞に織った服地〉などとあります。間違ってはいませんが、まるで、杉の葉に、ある種の観葉植物に見られるような縞模様があるかのようにも読み取れます。どんな模様かが、必ずしもはっきりと目に浮かびません。
イラストを使えばかんたんなところですが、『三国』では、ことばによって必要十分な説明をしようと試みました。その結果、以下の語釈になりました。
〈スギの葉が密集したように、右上がりに並ぶ斜線(シャセン)と、左上がりに並ぶ斜線とを、交互(コウゴ)に織り出した しま模様(モヨウ)。〔後略〕〉
『三国』の項目としては、やや長めになりました。初めは「ん?」と思われるかもしれませんが、説明を注意して読みながら図をかいてみてください。「ああ、あの模様か」と納得してもらえることと思います。
同じ縞模様を指す「ヘリンボーン」は、英語で「ニシンの骨」ということです。なるほど、ニシンの骨も、背骨を中心として、細かい骨が杉の葉のように密集しています。縞模様の特徴がよく分かる名前です。同じ模様の名前に、東では植物の名を使い、西では魚の名を使っているところに面白さを感じます。