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Misty Blue(1976/全米No.3,全英No.5)/ドロシー・ムーア(1947-)

2013年 10月 23日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第103回

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●歌詞はこちら
http://www.oldielyrics.com/lyrics/dorothy_moore/misty_blue.html

曲のエピソード

筆者が三沢米軍基地内の日米友好クラブ(Japanese-American Friendship Club=略称JAFC)に籍を置いていた頃、たまたまFEN(現AFN)TVで目にしたカントリー・ミュージック専門番組に、アフリカン・アメリカンの男性シンガーが出演していたことに驚愕した。残念ながらそのシンガーの名前は失念してしまったが、あれは筆者にとっての“人生最大の驚きトップ10”に入る。筆者の驚きようが尋常じゃなかったのか、その場に居合わせたJAFC所属のアフリカン・アメリカンの友人たちが異口同音に「カントリー・ミュージックだってルーツはブルースなんだから!」と力説していたのを未だに忘れられない。あの時、子供の頃からずっとR&B/ソウル・ミュージックとカントリー・ミュージックは水と油の如く相容れないもの、と思い込んでいた自らの考えを改めた。文字通り目からウロコ体験のひとつ。それ以前の筆者はカントリー・ミュージックを蛇蝎の如く忌み嫌っていたのだが、以降、数枚のカントリー・ミュージックのシングル盤を購入したことをここに告白する(うち1枚はケニー・ロジャース&ドリー・パートンのデュエット・ナンバー)。

はっきりとした年は思い出せないが、1980年代後期、筆者はドロシー・ムーアの来日公演を川崎のクラブチッタで観た。取材絡みではあったものの、これまで目にしてきた女性R&B/ソウル・シンガーのライヴの中では、最も忘れ難い。同会場では、例えばヒップ・ホップ系アーティストのライヴならばオール・スタンディングが常であるが、ドロシーのライヴではフロアに椅子とテーブルが設置され、それぞれの席にキャンドルが灯されていた。そして予期せぬ出来事が……! 彼女の最大ヒット曲である「Misty Blue」(R&Bチャートでは2週間にわたってNo.2)をパフォーマンスしている最中に、何と筆者が編集者K氏と共に就いているテーブルに近付いてきて、まさに目の前で(!)この曲を歌ってくれたのだ。揺れるキャンドルのほのかな灯りの中に浮かび上がるドロシー・ムーア singing 「Misty Blue」――今なお脳裏から離れない。

あの千載一遇のライヴを目の当たりにした時には全く知らなかった事実を、後年になって発見した。複数のシンガーがカヴァーしていることは知識の端っこにあったが、「靄の立ち込めた青色(←直訳)」のオリジナル・ヴァージョンが、よ靄、もとい、よもやカントリー・ソングだったとは……! この曲を初めてレコーディングしたのはウィルマ・バージェス(Wilma Burgess/1939-2003)というフロリダ州オーランド出身の女性カントリー・シンガー。ところが彼女のヴァージョンよりも先にリリースされたのは、「Make The World Go Away」(1965/全米No.6,カントリー及びアダルト・コンテンポラリー・チャートではNo.1)の大ヒットで知られる伝説的カントリー・シンガーのエディ・アーノルド(Eddy Arnold/テネシー州ヘンダーソン生まれ/1918-2008)のカヴァー・ヴァージョンの方で、ウィルマのレコーディングからわずか3か月後のことだった。しかしながら、両者のヴァージョンがヒット・チャートに顔を出すことは遂になく(そもそもシングル・カットされたのだろうか?)、「Misty Blue」を“大ヒット”させたシンガーとして今なお人々の記憶に強烈な痕跡を残したのはドロシーである。彼女が歌う「靄の立ち込めた青色」は、時空もジャンルも超えてタイトルにある“靄”が立ち込めるかのように静かにそして熱く人々の胸を打つ。オリジナル・ヴァージョンのジャンルが何だったか、という愚問を靄で覆い隠しながら。

曲の要旨

あなたと別れてから随分と時が経ってしまったわね。ようやくあなたのことを忘れられそうよ。けれどあなたのことを思い出すと、涙が込み上げてきて悲しみの海に沈んでしまうの。あなたの名前を口にするだけで、あなたへの未練がましい思いが再び熱く燃え上がるのよ。ねぇ、今の私の気持ちをちゃんと聞いてちょうだい。あなたと一緒に過ごした幸せだった日々を思い返すと、涙が溢れてきて悲しみに包まれてしまうの。やっぱりあなたを忘れるしかないわね。「あなたと別れて清々したわ」なんて言ってみても、それは本心とは裏腹の口から出まかせなの。どうしてもあなたのことが忘れられないのよ。あなた恋しさの余りに涙で目が霞んで悲しみの淵に身を沈めるしかない今の私。

1976年の主な出来事

アメリカ: 民主党のジミー・カーターが大統領選挙で当選。
アレックス・ヘイリー著『ルーツ(The Roots)』がベストセラーに。
日本: いわゆるロッキード事件で田中角栄前首相が逮捕される。
世界: 中国の初代国家主席の毛沢東死去。

1976年の主なヒット曲

Theme From Mahogany (Do You Know Where You’re Going To)/ダイアナ・ロス
Boogie Fever/シルヴァーズ
Afternoon Delight/スターランド・ヴォーカル・バンド
Kiss And Say Goodbye/マンハッタンズ
Play That Funky Music/ワイルド・チェリー

Misty Blueのキーワード&フレーズ

(a) get ~ off one’s mind
(b) misty blue
(c) Heaven knows

曲のタイトルに何かしらの“色”が付くものは枚挙にいとまがないが、“blue”と聞いて筆者がとっさに頭に思い浮かべるのは、本連載第56回で採り上げたリンダ・ロンシュタットの「Blue Bayou」(オリジナルはロイ・オービソン)、家人の大好きな(そして筆者もその影響でのめり込んだ)ロリー・ギャラガー(Rory Gallagher)の「Edged In Blue」(1976年リリースの名作『CALLING CARD』に収録)、そして奇妙な偶然だと今さらながらに気付いたのだが、ロリーの同アルバムと同じ年にリリースされて大ヒットしたドロシーの「Misty Blue」、この3曲である。ついでに言えば、リンダがカヴァーして大ヒットさせた「Blue Bayou」(1977/全米No.3/プラチナ・ディスク認定)は、それら2曲のわずか1年後のリリースだった。リンダが歌った“blue”はタイトルを見てお判りのように「入り江の水面の色」を表しているが、ロリーとドロシーが歌った“blue”は色ではなく「憂鬱、悲しみ」である。そしてこれまた今さらながらハッとさせられたのだが、リンダが歌った“blue”もまた、水面の色と悲しみのダブル・ミーニングだったのではないだろうか。あれは悲しい別れの曲だったから。遥か昔にアフリカン・アメリカンの人々が口ずさんでいた歌が何故に“blues”と呼ばれるようになったのか? その最大の理由は「悲しみ」や「陰鬱」を歌ったものが大半を占めていたからだ。この場で披瀝することではないかも知れないが、筆者は子供の頃、故・淡谷のり子さんが何故に“ブルースの女王”と呼ばれるのか不思議でならなかった。彼女が歌う曲がアメリカの“ブルース”とはかなり乖離していたからだ。が、今になってその異名がじつに的を射ていたと気付かされる。そう、淡谷のり子さんが歌った曲も(筆者が耳にしたことのあるもの、記憶にあるものに限って言えば)「悲しみと陰鬱」をまとっていたから。欲を言えば、「ブルース」ではなく濁点の「ブルーズ」の女王、という呼称が望ましかったのだが……(細かいことにいちいちうるさい筆者)。

“blue”が色のみならず気分――悲しみ、憂鬱、陰鬱――をも表す英単語だと筆者に教えてくれたのは、他ならぬ数々の洋楽ナンバー。そのことを真っ先に教えてくれたのが、この「Misty Blue」だった。直訳の“靄が立ち込める青色”とは一体何ぞや?と、その実態を知りたくて矢も盾もたまらず、中学生の頃にとっくに知っているはずの(知っていると思い込んでいた)“blue”を辞書で調べたのを昨日のことのように思い出す。そして筆者は驚愕した。英和辞典の“blue”(形容詞)の項目に最初に乗っている意味が「青色の、藍色の、紺色の…etc.」なのは先刻承知のことだったが、2番目の意味には「憂鬱な、陰鬱な、悲観した…etc.」とあるではないか……! 更に名詞として複数形の“blues”になると、それはズバリ「憂鬱、陰鬱、悲しみ」を意味すると。そうか、「Misty Blue」の“blue”は単数ではあるけれども、これはそういう意味だったのか、と、中学生だった筆者は英和辞典を手から落っことしそうになるほど驚いたのだった。

順番は前後するが、タイトルでもある(b)はもうひとつの驚くべき事実を教えてくれた。“misty”には、「靄が立ち込めた、靄のようにぼんやりとした」という意味の他に「涙で霞んだ、涙が潤んだ」という意味もあったのだ……!(これまた辞書を落っことしそうになるほどの驚き!)つまり(b)は、直訳してしまうと誤訳を免れない“危険な”(苦笑)タイトル/フレーズなのである。正しくは「涙で霞んだ悲しみ」。中学生の時、“blue”を辞書で調べなかったなら、筆者は長らくこの曲のタイトルからとっさに「青色」を想像していたことだろう。もしそうだったとしたら……それこそ顔が「青ざめる」思いがする。

(a)は洋楽ナンバーに数え切れないほど登場するイディオムのひとつで、「~を心から追い払う、~を忘れる」という意味。この曲の主人公は、別れた男性のことを早く忘れてしまいたいと強く願う一方で、「どんなに頑張ってみても忘れられ」ずに「涙で霞んだ悲しみ」の中でもがき苦しむ。それでも苦悶から解き放たれたい彼女は、自分なりにその男性を忘れようと必死になるのだが――。

これまた直訳するとおかしなことになってしまう(c)も洋楽ナンバーで頻繁に耳にする決まり文句のひとつ。これと同じ意味の決まり文句を思いつくままに以下に列記してみる。

♪God knows
♪Nobody knows
♪Who knows?(注:疑問文)

直訳「神様は知っている」を意訳すると「誰も知らない」、即ちこの曲の主人公が別れた男性を忘れようとしてどんなに苦しんだか、ということを「誰も知らない」のである。(c)及びその他の同義のフレーズを含む洋楽ナンバーで「~ということを神様(だけ)が知っている」と直訳してあるのを目にすると、筆者は本当に卒倒してしまいそうになる(苦笑)。そして子供の頃に無邪気に口にしていた指遊び歌(?)の決まり文句♪ど・れ・に・し・よ・う・か・な/か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り……を思い出してクスッとしてしまうのだ。現代の子供たちの間でも、何かを決める際にこの指遊び歌がまだ口にされているのだろうか? どなたかご存じの方がいらっしゃるなら、ぜひとも本サイトにご一報を。激しく知りたいので。

最近、音楽のジャンル分けが如何にバカバカしくて愚挙であるかを痛感させられることが度々ある。この「Misty Blue」のオリジナル・ヴァージョンがカントリー・ミュージックだったと知って驚愕したのは随分と前のこと。今の筆者なら「だから何?!」と一蹴することだろう。ジャンル云々でその音楽を愛聴する人々を差別する御仁もいるが、そういう場面に遭遇する度に、筆者の心の中一面には“misty blue”が果てしなく広がるのだった。

最後に。筆者の手許にある「Misty Blue」のキャッチ・コピ―がこれまたふるっている。曰く“全米大ヒット、ドロシーの演歌に涙してくれ!”。昔の筆者なら「ナニこれ?!」と怒り心頭に発しそうな(苦笑)キャッチだが、今では心の琴線に触れる。そしてこんな邦題を勝手に考えてみた。「涙で霞む別れた貴方」――お粗末様でした。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2013年 10月 23日