人名用漢字の新字旧字

第106回 「党」と「黨」

筆者:
2016年2月25日

「党」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。「黨」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「党」は出生届に書いてOKですが、「黨」はダメ。「党」と「黨」は、元々は全く別の意味の漢字だったのですが、ここでは「党」を新字、「黨」を旧字ということにしておきましょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の黑部には「黨」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「党」が添えられていました。「黨(党)」となっていたわけです。簡易字体の「党」は、カッコ書きにはなっているものの、一般に使用して差し支えない、ということでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、「党」が含まれていて、その直後にカッコ書きで「黨」が添えられていました。「党(黨)」となっていたわけです。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、やはり「党(黨)」となっていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「党」は当用漢字になりました。

昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、新字の「党」が収録されていたので、「党」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。しかし、旧字の「黨」は、あくまで参考として当用漢字表に添えられたものなので、子供の名づけに使ってはいけない、ということになりました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、やはり「党(黨)」となっていました。これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字を子供の名づけに認めるかどうか、審議を続けていました。昭和56年4月22日の総会で、民事行政審議会は妥協案を選択します。常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認める、という妥協案です。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「党」は常用漢字になりました。しかし、旧字の「黨」は人名用漢字になれませんでした。旧字の「黨」は、常用漢字表のカッコ書きに入ってるけど当用漢字表に収録されてなかったからダメ、となったのです。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「党」と旧字の「黨」の両方を収録していました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「党」に加え、旧字の「黨」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「党」はOKですが、旧字の「黨」はダメなのです。

編集部注

本連載で述べる「子供の名づけ」とは氏名のうちの名、つまりいわゆる下の名前 のことです。氏(姓、苗字、ファミリーネーム)はこの範疇に入りません。今回 取り上げた「黨」を姓としてお持ちの方から、外国人だと誤解されて困るという 声が寄せられました。この姓は日本に古くから存在しており、外国人の姓ではあ りませんので誤解なきようお願いいたします。

また、それ以前の問題として、外国人であることを理由として差別的取扱いをす ることは許されないと強く訴えます。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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