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広告の中のタイプライター(8):Royal Signet

2017年 6月 1日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Popular Science Monthly』1932年10月号

『Popular Science Monthly』1932年10月号(写真はクリックで拡大)

1932年10月、ロイヤル・タイプライター社は「Royal Signet」の発売を記念して、「5000ドルを現金で163名様に」という1ヶ月間限定のキャンペーンを打ちました。

お近くのロイヤル・タイプライター社の代理店で、「Royal Signet」をお試し下さい。その上で、簡単な御意見を、たったの50ワード、代理店の準備した用紙に打ち込んで下さい。期限は10月31日のミッドナイトです。一等賞は1名様に1000ドル、二等賞は1名様に500ドル、三等賞は1名様に250ドル、四等賞は10名様に100ドルずつ、五等賞は50名様に25ドルずつ、六等賞は100名様に10ドルずつ、現金で差し上げます。一二三等賞が引き分けの場合は、双方に1000・500・250ドルを差し上げます。審査は、御意見の面白さのクオリティでおこない、受賞者には、遅くとも12月15日には通知いたします。

「Royal Signet」は、44キーのフロントストライク式タイプライターで、小型軽量を売りにしていました。ただし、シフト機構が無く、大文字しか印字できなかったのです。キー配列は、最上段が123456789-?$、上段がQWERTYUIOP’、中段がASDFGHJKL;:、下段がZXCVBNM,./のQWERTY配列でした。数字の0は、大文字のOで代用することが想定されていました。44本の活字棒(type arm)の先端には、等幅のスラント体(斜体)活字が埋め込まれていました。また、インクリボンは黒一色のみで、紙幅の設定も出来なければ、バックスペースも無い、という、当時としても、かなりシンプルすぎるタイプライターだったのです。

ロイヤル・タイプライター社は、「Royal Signet」を入門機として位置づけていました。タイプライターというものに触れたことがない学生や一般の人々に、初めてのタイプライターとして「Royal Signet」を使ってもらい、ゆくゆくは、大文字小文字が打てるタイプライターへとステップアップしていく、というプランだったのです。ただ、このプランは、代理店には不評でした。「Royal Signet」は、定価29ドル50セントという低価格に設定されていたため、代理店にはほとんどマージンが無かったのです。マージンが無いのに、1ヶ月限定とはいえキャンペーンを手伝わされ、しかも、現実のステップアップがいつになるのか、よくわからないプランでした。また、仮にステップアップが起こったとしても、その際にロイヤル・タイプライター社を選ぶとは限りません。大文字小文字が打てる他社のタイプライターに乗り換える可能性だって、十分に考えられるのです。実際、ロイヤル・タイプライター社は、1934年には「Royal Signet」の生産を終了し、大文字小文字が打てる他のモデルに、注力していったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

2017年 6月 1日