タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(74):Blickensderfer No.5

筆者:
2020年1月30日
『Minutes of the 57th Annual Session of the North Ohio Conference of the Methodist Episcopal Church』(1896年9月)
『Minutes of the 57th Annual Session of the North Ohio Conference of the Methodist Episcopal Church』(1896年9月)

「Blickensderfer No.5」は、ブリッケンスデアファー(George Canfield Blickensderfer)が、1893年に発売したタイプライターです。筆者の調べた限りでは、ブリッケンスデアファー本人は「Blickensderfer No.5」の広告を制作しておらず、上の広告は、オハイオ州クリーブランドのオハイオ・サプライ社が独自に制作したものです。

「Blickensderfer No.5」の特徴は、タイプ・ホイール(type wheel)と呼ばれる金属製の活字円筒にあります。タイプ・ホイールには84個(28個×3列)の活字が埋め込まれていて、縦に並んだ活字3個ずつが、それぞれ28個の文字キーに対応しています。キーを押すと、このタイプ・ホイールが、回転しつつ、プラテンに向かって倒れ込むように叩きつけられることで、プラテンに置かれた紙の前面に印字がおこなわれるのです。通常はタイプ・ホイールの上列にある活字(小文字)が印字されますが、キーボード左下の「CAP」キーを押すと、タイプ・ホイールが持ち上がって、真ん中の列の活字(大文字)が印字されるようになります。「FIG」キーを押すと、タイプ・ホイールがさらに持ち上がって、下列の活字(記号や数字)が印字されるようになります。

タイプ・ホイールの上列には、小文字の活字がzxkg.pwfudhiatensorlcmy,bvqjの順序に、上から見て時計回りに埋め込まれていて、teがほぼプラテンの側にあります。使用頻度が高い文字ほど、回転が小さくなるように並べられているのです。タイプ・ホイールの真ん中の列には、大文字の活字がZXKG.PWFUDHIATENSORLCMY&BVQJの順序に埋め込まれています。タイプ・ホイールの下列には、記号や数字の活字が-^_(./'"!1234567890;?%¢$)@#:の順序に埋め込まれています。

「Blickensderfer No.5」のキーボードは、ブリッケンスデアファー独特の配列です。キーボードの上段は、小文字側にzxkgbvqjが、大文字側にZXKGBVQJが、記号側に-^_()@#:が並んでいます。キーボードの中段は、左端の少し上に「FIG」キーがあって、小文字側に.pwfulcmy,が、大文字側に.PWFULCMY&が、記号側に./'"!;?%¢$が並んでいます。キーボードの下段は、左端の少し上に「CAP」キーがあって、小文字側にdhiatensorが、大文字側にDHIATENSORが、記号側に1234567890が並んでいて、teの間にスペースバーが伸びています。ピリオドがダブっているため、28キーで82種類の文字が搭載されているのです。

「Blickensderfer No.5」は機械式タイプライターであり、キーを押す力によって、タイプ・ホイールを回転させています。キーボード上段の文字に関しては回転が大きく、どうしても印字が遅くなってしまいます。それを多少なりともカバーするために、使用頻度の高い文字をキーボード下段に集め、回転を小さくしているのですが、スピードの遅さに関しては、どうにもならなかったようです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。