『日本国語大辞典』をよむ

第35回 「庸」の字義

筆者:
2018年6月3日

よう【庸】〔名〕(1)令制で、正丁(せいてい)に課せられた労役の代わりに国に納入する物品。養老令では正丁が一年に一〇日間の労役に服する代わりに布二丈六尺を納めると規定している。慶雲三年(七〇六)の格によって庸は半減されて一丈三尺となった。老丁(ろうてい)はその二分の一、中男は四分の一を負担する。養老元年(七一七)にまた改めて正丁一人分を布一丈四尺とした。地方によっては布以外の代物を納めることもあった。ちからしろ。(2)平凡であること。すぐれたところがないこと。また、そのもの。凡庸。(3)仕事。また、苦労。辛苦。⇨よう〔字音語素〕

「字音語素」の箇所をみると次のようにある。

【庸】(1)任用する。やとう。「傭」に同じ。/庸保/登庸、附庸/庸人、庸兵、庸奴/(2)平凡。普通。なみ。/凡庸、庸愚、庸劣/中庸/庸医、庸君、庸才、庸儒、庸輩、庸吏/(3)かたよらない。/中庸/庸行、庸徳/(4)つね。平生。「常」に同じ。/庸言/(5)夫役の代わりに物を収めること。/庸租、租庸調/⇨よう(庸)

第1巻に附されている「凡例」の「その他」「字音語素について」には次のように述べられている。12条にわたっているが、行論に必要な条を次にあげる。

1.漢語を構成する字音の要素について、漢字ごとに簡単にその意味を示し、その漢字が構成する熟語を掲げる。

2.とりあげる漢字は、日本の文献に用いられてきたものを中心にするが、熟語の例は、漢籍に用いられるものにも及ぶ。

8.漢字ごとにその意味を区分して熟語をあげる。さらにその熟語の構成上の役割から、重畳、対義・類義結合、後部結合、前部結合等を/で区分けして列記する。

10.漢字欄の横に、その見出しとした音の呉音・漢音・唐音・慣用音の別をそれぞれの略号で示す。ただし、呉音・漢音が同音のものについては省略する。

上の中で「重畳」はすぐにはわかりにくい。『日本国語大辞典』の見出し「じゅうじょう(重畳)」には「幾重にもかさなること。ちょうじょう」とあるのみで、見出し「ちょうじょう(重畳)」にも「(1)(形動タリ)(―する)幾重にも重なっていること。ますます重なること。また、そのさま。かさねがさね」「(2)この上もなく喜ばしいこと。きわめて満足なこと。しごく都合がよいこと。多く、感動詞的に用いる。頂上」とあるのみで、上の「重畳」にぴったりとあてはまるような語義は記されていないようにみえる。同じ字を重ねている場合を「重畳」と呼んでいると推測するが、「凡例」中に一般に使われない学術用語(すなわちそれは「メタ言語」ということになるが)を使う場合には、辞書を使う一般の人のために、何らかの説明があったほうが親切ではないだろうか。ことに、その学術用語が、『日本国語大辞典』の見出しとなっていない、もしくは語釈にそれとわかるように示されていない場合にはそうであろう。8.では「重畳」「対義・類義結合」「後部結合」「前部結合等」とあり、この「等」があといくつの「カテゴリー」があるかを曖昧にしてしまっている。例えば、「賞」の場合でいえば、「(1)功をほめる。たたえる」に続いて「/賞罰/賞賛、賞嘆、賞誉、賞揚/賞賜、賞賻、賞与/激賞、重賞/行賞、信賞必罰/賞勲/賞辞、賞状、賞金、賞品、賞杯、賞牌/」とあって、ここでは/によって七つに区切られている。せっかくわざわざ漢語をいわば分類しているのに、どのように分類したかが辞書使用者には簡単にはわからないようになっていないだろうか。細かいことのようであるが、少し気になる。

常用漢字表は「庸」に訓を認めていない。そして「例」の欄に「凡庸、中庸」二つの漢語をあげている。「租庸調」は日本の歴史にふれると必ず覚える語であろう。漢語「凡庸」の語義がわかれば、「凡」にも「庸」にも〈つね・なみ〉という字義があることが推測できるであろう。「平凡」は〈つね+つね=つね〉であろうから、もともとは〈なみ〉ということであったはずだが、〈なみ〉を〈どこにもすぐれたところがない〉と言い換えると〈おろか〉に近づいてしまう。「庸」も元来は〈つね・なみ〉であったと思われるが、結局は〈おろか〉に近づいていったのだろう。バランスをとった状態のままでいることも難しいということか。

ようい【庸医】〔名〕治療のうまくない医者。平凡な医者。藪医者。

ようくん【庸君】〔名〕凡庸の君主。庸主。

ようさい【庸才】なみの才能。凡庸の才。また、その人。凡才。庸材。

ようじゅ【庸儒】〔名〕凡庸な儒者。平凡な学者。俗儒。

ここでまた『日本国語大辞典』の「凡例」をみてみよう。「語釈について」の「[1]語釈の記述」には次のように述べられている。

1.一般的な国語項目については、原則として、用例の示すところに従って時代を追ってその意味・用法を記述する。

2.基本的な用言などは、原則として根本的な語義を概括してから、細分化して記述する。

3.専門用語・事物名などは、語義の解説を主とするが、必要に応じて事柄の説明にも及ぶ。

上の1.からすれば、漢語「ヨウイ(庸医)」は〈治療のうまくない医者〉→〈平凡な医者〉という順に「意味・用法」が展開したことになるが、はたしてその理解でいいかどうか。〈治療のうまくない医者〉=〈藪医者〉のように思われるが、その語義をわるようなかたちで真ん中に〈平凡な医者〉という語義が置かれていることをどのように理解すればよいか。細かいようだが、これも気になるところだ。

今回は話題がやや細かい。しかし、大部な辞書であるからこそ、辞書としての組織が整っていなければ、使い手は使いにくい。あるいは筆者の「誤解」があるかもしれないが、気になる箇所について述べてみた。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ //japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。