漢字はどれくらいあるのだろうか。かつて、諸橋轍次博士の『大漢和辞典』の版元、大修館書店が、同辞典の宣伝用のパンフレットを作成したときに、「ごまんとある」という言い方と、同辞典の収録漢字数約5万字とを引っかけて、漢字が「ごまんとある辞典」として宣伝をしたことがある。当時としては、『大漢和辞典』に収められた漢字数は、世界最多であった。日本における漢和辞典の収録漢字は、日本と中国の古典における使用漢字を主体としていた。
その後、東京の紀伊國屋書店が、パソコン用に作成された、文字鏡研究会編の『今昔文字鏡 単漢字15万字版』(2006)を販売した。添付のマニュアルによると、JIS漢字(第一水準から第四水準の漢字)を含む、総漢字数174,975字が収められていた。これは、日本、中国、台湾、韓国、ベトナムの漢字のほかに、梵字、甲骨文字、西夏文字、水族(中国の少数民族)文字、篆書のほか、日本の、ひらがな、カタカナ、変体仮名、アラビア数字、その他各種記号類等を含んでいたのである。漢字に限定するなら、15万字余である。
しかし、日本以外の国々や地域で使用されているものを含むのであるから、日本に限定するならば、はるかに少なくなる。せいぜい、『全訳漢辞海』(三省堂 2000初版、2011第3版:約12500字)、『新漢語林』(大修館書店 『漢語林』1987初版、1991改訂版、1994新版初版、2001新版第2版、『新漢語林』2004初版:約15000字)、『角川新字源』(角川書店 1968初版、1994改訂版:9920字)等々の小型辞典類に見られる漢字数で十分なのである。専門的使用ではなく、実用上は、『角川新字源』で十分、間に合う。
したがって、日本において、個々人が使用している漢字数は、1万字もあれば十分過ぎるといってよい。国語辞典類が、一般の語彙とともに、およそ 2000字、常用漢字数にほぼ匹敵する個々の漢字を提示しているが、いわゆる漢文を読むのでなければ、これでも十分なのである。なお、江戸時代以降使用されてきた、漢字辞典の標準とでもいえる、中国の『康熙字典』では、安永本の場合、42719字収録されているという(文字鏡研究会監修『康熙字典 DVD-ROM 解説・マニュアル』紀伊國屋書店 2007)。
一般に、日本では数が多いことが好まれるが、国語辞典や漢和辞典などで、多すぎることは、使いにくさを生じてしまい、決して便利ではない。やはり「適正」が最上なのである。しかし、最上というのはどのくらいかということになると、判断が難しいが、国立国語研究所において行われた、漢字調査(現代雑誌九十種の用語用字 第二分冊:漢字表 1963年:現代新聞の漢字 1976年、秀英出版)の結果によると、約3000字となっている。以前の常用漢字表の内の一つは、国立国語研究所の成果を利用したもので、優れた常用漢字表の一となっていた。