ここでちょっと脱線して、ショールズのタイプライターにおけるキー配列が、時期に応じて、どう変化していったか、見てみることにいたしましょう。
ショールズが最初のタイプライター特許を出願した時点では、キー配列はアルファベット順でした。数字は2~9が実装(なぜか上の特許図では9が上下反対に書かれています)されていて、1と0はそれぞれIとOで代用していました。
一方、ポーターの電信学校に出荷したタイプライターのキー配列は、ウェスタン・ユニオン・テレグラフ社の『印刷電信機』のキー配列を、そのまま踏襲したものでした。すなわち、ピアノに似たキーボードで、黒鍵にあたる部分に左から右にA~N、白鍵にあたる部分に右から左にO~Zを配置しており、数字はありませんでした。
次に、ボタン型のキーを採用してスペースキーを大型化した時点でのキー配列ですが、残念ながら、当時の記録が残っていません。しかしながら、タイプライターで打たれた当時の手紙などをチェックしていくと、上に示すようなキー配列だったのではないかと推測されます。つまり、『印刷電信機』のキー配列から、母音A・E・I・O・U・Yを取り出して上段に配置し、さらに最上段に数字を配置したのが、このキー配列です。A・E・Iを左から右に並べているのはB~Mが左から右に並んでいるからで、O・U・Yを右から左に並べているのはN~Zが右から左に並んでいるからです。
サイエンティフィック・アメリカン誌1872年8月10日号は、表紙でショールズのタイプライターを取り上げており、当時のキー配列を見てとることができます。特徴的なのは、Tが上段の真ん中に移動していることですが、これは、Tが子音の中で最も頻度の高い文字だ、ということを考えれば、ごく自然なことでしょう。また、Iが8のすぐ下に移動していますが、Iが数字の1にも代用されていたことを考えれば、当時の年号「1872」を打ちやすくするという意味で合点がいきます。
これに対し、右下に残ったPとRを上段に移して、ピリオドなどの記号を右下に集めたのが、「Sholes & Glidden Type-Writer」のキー配列です。その意味では、各キーをその場その場の要求に応じて移動してきたことで生まれたのが、この「Sholes & Glidden Type-Writer」のキー配列(通称QWERTY配列)であり、ある一定のルールのもとで作られたわけではない、と言えるでしょう。
ところが、次のポータブル・タイプライターで、ショールズは、これまでに積み上げてきたキー配列をあっさり捨ててしまって、新たなキー配列に挑戦しています。A・E・I・O・U・Yの母音を右手の中段に集め、頻度の高い子音を上段の真ん中付近に集めたキー配列です。
これまでは、顧客であるポーターやハリントンの要求にしたがって、次々にキー配列を変更してきたショールズだったのですが、ポータブル・タイプライターの開発では、理想とするキー配列に挑戦してみた、ということなのでしょうか。