前回は本辞典(以下、『談話表現辞典』)で用いている「語用論的情報」について概説をしました。今回はより具体的に談話の構造について述べてみたいと思います。
『談話表現辞典』が記述の対象とするのは「会話で頻出する表現」ですが、一般の学習辞書では成句の一部として取り上げられている場合がほとんどです。学習辞書では主にスペースの問題から、見出し語の語義の定義に比べ簡潔な記述とならざるをえません。『談話表現辞典』はそこに焦点を当てて詳しく説明していますので、いわばニッチ的な特徴をもっており、一般の学習辞典と単純に比較することはできませんが、『談話表現辞典』の特徴を理解していただくために、改訂版を含め、最近出ました、G(2007年第4版)、W(2007年第2版)、O(2008年発行)の3つの辞書に適宜言及することにします。
口語表現の代表のひとつとして、いろいろな使い方のあるyou knowをとりあげてみましょう。『談話表現辞典』では、次のように8つの場面に分けて記述しています。
(1) 〈新しい話題を持ち出して〉ところで、あのね
(2) 〈聞き手の理解を助けて〉ほら (♦文頭で);ほら、あの(♦文中で);だろう、わかるでしょう?(♦文尾で)
(3) 〈相手に同意を求めるように〉そうでしょ
(4) 〈控えめに主張して〉(わかっているとは思うが)なにしろ(♦文尾で)
(5) 〈控えめに提案して〉ね、どうだろう
(6) 〈やんわりと忠告して〉ね、そうでしょ?
(7) 〈言いにくそうに〉それは、つまり(♦文頭・文中で)
(8) 〈名前や適当な言い方が思いつかなくて〉ほら、あの
(1)の語義に先行して、「新しい話題を持ち出して」という談話構造にかかわる情報が与えられていますが、「文頭、文中、文尾で」という文での位置についての情報は語義の提示のあとで適宜述べられています。一方、O(3つの語義)にはみあたりませんが、G(4つの語義)とW(5つの語義)では位置情報を語義に優先して述べています。「文頭」は談話の開始時と一致することはありますが、必ずしも同じことを表すわけではありません。たとえば、Gに次のような語義項目があります。
(1)[文頭で](あの)ねぇ、何しろ…だものね;時に、ところで(by the way)
(2)[文末で] a)…でしょ、…なのよね b)あなたも知っての通り c)そうじゃないよ、いいかい
(3)[文末で]ほらあの…
(4)[文中で]えー、ほらあの
語義1で[文頭で]とありますが、「(あの)ねぇ、何しろ…だものね」と後ろの「時に、ところで(by the way)」のあいだにセミコロンがあります。特に違いがわかる例文はありませんが、これはそれぞれの語義の「性格」が異なることを暗示しています。つまり、後者の語義は談話上の「切れ目」に相当しますが、前者は談話構造上の単位とは一致しません。この意の「文頭」はいわば「談話内」での位置づけを表します。また、Gの語義(2)には、語義a)~c)が下位項目として設定されています。(3)との関連も定かではありませんが、これはyou knowの文中の位置を最初に規定したことで、さらに語義の区分が必要となったためと考えられます。
以上、「文頭・文中・文尾」という情報よりも談話の構造にかかわる情報の方が上位の概念とみるのがよい事例をみてきました。