外国人の名前や地名など、外国語をカタカナで表記するのは、むずかしい。もとの言葉でどのように発音されるのかを知る必要があるし、日本語での表記に慣用があるかどうか、調べることも大切である。たとえばドイツでクリスマス前の待降節に好んで食べられるStollenというケーキを、最近は日本でもよく見るようになった。このケーキのカタカナ表記は「シュトレン」とするのがドイツ語発音に一番近いのだが、実際には長母音を用いた「シュトーレン」「ストーレン」などの表記の方がよく使われているようだ。いずれ長母音が慣用として確立してしまうのかもしれない。
特に明治時代以降、ドイツと日本の間にはさまざまな面での交流があり、ドイツ人の名前や地名を初めとして多くのドイツ語がカタカナで表記されてきた。しかし斎藤緑雨の狂句「ギヨエテとは おれのことかと ゲーテ云ひ」が示すように、ドイツ語の音を日本語で表記することについては、先人たちも苦労を重ねてきたようである。
1991年の大学設置基準大綱化以降、多くの大学で教養部が解体されるとともに第二外国語学習が自由選択化され、全国的にドイツ語を初めとして英語以外の多くの言語の学習者が減少してしまった。もちろんそれまでのドイツ語教育に問題がなかったわけではないが、学習者の減少というのは、これからますます世界の国々との交流が必要とされることが明らかな時代に逆行する動きだろう。学習者が減っていることで、これまで積み重ねられてきた日本におけるドイツに関する学問の伝統が継承されない、という危険もあると思う。
外国の単語の日本語での発音に関して、影響の大きいのはマスコミだろう。しかし最近はドイツ語のできる人がまったくいない放送局や新聞社もある、という話を聞くと、かなり不安になる。たとえばドイツ北部の町Hamburgは「ハンブルク」とするのが正しいのだが、「ハンブルグ」という誤った表記を見ることがある。逆に、ゲーテやモーツアルトの名前であるWolfgangは「ヴォルフガング」としたいところだが、「ヴォルフガンク」という表記を見ることがあるのは、ドイツ語を中途半端に学習した人の「語末のgは無声音」という誤解の結果なのかもしれない。
この1月に刊行されたクラウン独和辞典第4版では、すべての見出し語に国際音声記号(IPA)に基づく発音記号が付されているとともに、基本語やドイツ語として発音が例外的なものには、できる限りカナ発音でも発音を示してある。ドイツ語は比較的スペルと発音との対応関係がわかりやすいと言われているが、それでもスペルからは想像しにくい発音の単語も多い。ドイツ語の知識がある人もない人も、ドイツ語の発音に疑問を持ったら、できる限りこのクラウン独和辞典第4版を活用していただきたいと思う。