三省堂国語辞典のすすめ

その19 苦労して、遊んでいます。

筆者:
2008年6月11日

しゃれ、なぞかけなど、ことば遊びと言われるものにはたくさんの種類があります。これらを辞書で説明するときは、少々センスが問われます。分かりやすくするためには実例がほしいのですが、いい例を出さなければ、かえって読者を悩ませてしまいます。

『三省堂国語辞典 第六版』の「しゃれ」の項目では、現在のところ、しゃれの例を示していません。示すまでもないとも言えますが、将来はどうするか、検討すべきところです。

その代わり、しゃれの一種の「地口(じぐち)」には、次の例が添えてあります。

〈例、猫(ネコ)に小判→下戸(ゲコ)にご飯。〉

短くて分かりやすいと思いますが、どうでしょうか。以前の第二版(1974年)では〈かんじょう合って、ぜに足らず→まんじゅうあって、ぜに足らず〉の例を出していましたが、ちょっとぴんと来ません。第三版(1982年)から上のように変わりました。

【猫に小判】
【猫に小判】

今回の第六版では、新しく「なぞかけ」の項目を立てて、次の例を出しました。

〈例、「ウナギ」とかけて、「傘(カサ)」と解く。その心は「ひらいて さす」。〉

【「ウナギ」とかけて…】
【「ウナギ」とかけて…】

「なるほど、うまい」と思っていただければ幸せです。もっとも、これは私たちの創作ではなく、明治時代の本に入っているなぞです。これも短くて分かりやすいので、辞書に載せる例にふさわしいと考えました。

第六版では「アナグラム」も入りました。〈ある語句の文字の順序を ならべかえて、別の語句にする遊び〉です。これも、具体的に説明するために、例を示しました。

原稿段階では「すなやま」(砂山)→「なやます」(悩ます)の例を書き入れてありましたが、「なやま」の部分が入れ替わっていないところに不満が残りました。もっといい作品はできないものでしょうか。

そこで、コンピュータの力を借りて、例を作ることにしました。5文字のことばを機械的に並べ替えて、意味のあることばだけを取り出します。その結果、最も自然で分かりやすかったのが、次の例でした。

〈例、「かいばしら」→「ばからしい」。〉

「なんだ、ばからしい」なんて、どうか言わないでください。一つのことば遊びの例を決めるに当たっても、このように、けっこう苦労しているのです。

【「かばらしい」もあり?】
【「かばらしい」もあり?】

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】

編集部から

生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され(※現在は第七版が発売中)、各方面のメディアで取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。