クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

91 辞書の大きさ(2)

筆者:
2010年5月17日

明治29年(1896)9月に三省堂から『袖珍獨和新辭林Neues Deutsch=Japanisches Taschenwörterbuch mit Angabe der gebräuchlichsten Fremdwörter und Eigennamen nebst einem Anhang』(高木甚平 保志虎吉共編)が発刊された。これは三省堂としては最初に発行した独和辞典であるが、「袖珍」の名に違わず、今日の私たちの目から見ても文字通り小型の豆辞典で、筆者の手許にある第十五版(明治37)の本文頁の寸法は9,2×6,3cmで、厚さは3,7cmである。ただし、表紙にも扉にも「獨和新辭林」と記されていて袖珍の文字はないが、本文第1頁の始まりA項の上方には「袖珍獨和新辭林」と記されている。小型ながら、本文1539頁に小活字(7号?)で6万語をぎっしり詰め込んだこの辞書は、売行きがとても良かったようで、奥付によれば既に発売の三ヶ月後の12月には第三版を発行し、第十版を明治33年6月に発行というように毎年のように版を重ねている。一般に書物は初版の発行年は明確だが、最終版の年月は明きらかにしにくいもので、『袖珍獨和新辭林』も何時の時代まで売れ続けていたのかわからないが、少なくとも三省堂が次に『大正獨和辭典 Neues Deutsch-Japanisches Wörterbuch mit Angabe der gebräuchlichsten Fremdwörter und Eigennamen nebst einem Anhang』(保志虎吉編 *筆者注:ドイツ語題名は「獨和新辭林」と同じ)を発行した大正元年までは版を重ねていたのではないか。この辞書は今日でも古書店で見つかることも珍しくないから、相当数販売されたと思われる。

題名に袖珍を掲げない普通の辞書はどれくらいの大きさだったかといえば、『孛和袖珍字書』と同年の明治5年10月に刊行された『和譯獨逸辭典 Handwörterbuch der Deutschen Sprache für Japaner』(河村文昌他共編 東京 春風社)は17,6×13,0cmで、17,0×12,0cmの『孛和袖珍字書』とほぼ同じ大きさで、頁数を比べると『孛和袖珍字書』の1,366に対し『和譯獨逸辭典』は1,064で、むしろ薄い。

明治の半ばころから最も良く使用された独和辞典の一つである『増訂挿圖獨龢字典大全 Vollstaendigstes Deutsch-Japanisches Wörterbuch einschliesslich der im Deutschen gebräuchlichen Fremdwörter nebst einem Anhang, enthaltend Tabellen der unregelmäßigen Zeitwörter, der deutschen geographischen und christlichen Namen, der Münze, Gewichte und Masse, sowie der Abkürzungen und Zeichen』(福見尚賢 小栗栖香平他 南江堂 明治28)は、筆者の手許にある第八版(明治31)では22,5×15,0cm、厚さ7cmの大型本である。奥付によるとこの辞書は明治18年6月に初版を発行し、明治28年7月第4版に際し大幅な増訂を行い、以後も毎年版を重ねているようである。

筆者が所有する独和辞書のなかでとりわけ大きなものに『獨英和三對字彙大全 Neues vollständiges Wörterbuch der Deutschen, Englischen und Japanischen Sprache, einschließlich der wichtigen im Deutschen gebräuchlichen Fremdwörter, mit einem Verzeichniß der unregelmäßigen (starken) Zeitwörter und der gebräuchlichen Abkürzungen』(高 良二 寺田勇吉譯 共同館 明治20)があり、この辞書は27,0×20,0cm、厚さは堅牢で分厚い表紙共だと11,5cmある。これは16万語のドイツ字体の見出しに英語と日本語の二ヶ国語訳を施したもので、用例にもすべて英訳が付いている。あまりに大きくて不便だったためか、この辞書から語彙を抜粋し、収録語数6万5千語の中型(18,2×12,3cm)の『獨英和三對小字彙 Handwörterbuch der Deutschen, Englischen und Japanischen Sprache, einschließlich eines Verzeichnisses der unregelmäßigen Zeitwörter』(寺田勇吉 保志虎吉共著 共同館 明治26)が刊行されている。 

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修主幹 信岡 資生 ( のぶおか・よりお)

成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典 第4版』編修主幹

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)