前回(その61)の文章で、国語辞書の説明のしかたは、百科事典とは異なるという話をしました。「大根」という野菜は、百科事典的に言えば、形も色もさまざまです。でも、『三省堂国語辞典』では、「白く太くて長い」と説明します。「大根」が、ふだんの生活の中で、どんな意味に用いられるかを示すことが必要だからです。
しかし、と思う人があるかもしれません。「大根」ならともかく、むずかしい学術用語を説明するときは、国語辞書の記述も、百科事典と同じになるのではないでしょうか?
ところが、必ずしもそうではないのです。そのことを、「プリン体」ということばを例にお話ししましょう。
「プリン体」は、お菓子のプリンのようにぷるぷるした物質のこと――と思っている人もいるかもしれませんが、それは誤りです。百科事典や医学事典によれば、「ピリミジン環とイミダゾール環の縮合環をもつ塩基性物質」です。化学的には、まずこれが基本的な記述だろうと思います。
一方、「プリン体」ということばが一般に使われる場合、上のような知識は問題にされません。たとえば、発泡酒の広告の中では、次のように使われています。
〈〔この発泡酒は〕プリン体をカットしていて体をケアしながら楽しめるのが素晴らしい。〉(『週刊文春』2006.10.5 p.14)
つまり、こういうことです。プリン体は、生物の細胞の中にある物質で、ビールなどに多く含まれています。体内では尿酸に変わります。尿酸値が高くなると、高尿酸血症や痛風の原因になります。「プリン体」は、「とりすぎると痛風になるもの」という部分で、私たちの生活に関わっています。百科事典では、これらの点に言及しないものもあります。
『三国』の第六版では、この「プリン体」を新規項目として立てました。ふだんの生活の中で、どんな場合に問題にされるかを踏まえ、次のように記しました。
〈細胞(サイボウ)中の核酸(カクサン)を構成する成分。体内で分解されると尿酸(ニョウサン)になる。⇒:尿酸。〉
同時に、「尿酸」の項目では、病気との関係について説明を充実させました。「プリン体」とあわせて読んでみてください。