辞書について話をしていると、こんなふうに尋ねられることがあります。
「国語辞書は、いろんな分野のことばを載せるので、たいへんですね。きっと、それぞれの分野の専門家に原稿を頼んで、それをまとめているんでしょうね」
質問した人は、百科事典などの作り方を想像したのかもしれません。たしかに、百科事典的な性格をもつ分厚い辞書ならば、各分野の専門家に執筆を依頼します。でも、小型の辞書では、そういうことはあまりありません。少なくとも、『三省堂国語辞典』では、決まった人数の執筆陣が、あらゆる分野のことばの原稿を書いています。
予算がないから? そうではありません。国語辞書はことばを説明するものであり、ことばの専門家が執筆するのが適当だからです。百科事典とは目指す方向が違います。
一例として、「大根」ということばを見てみましょう。『三国』の第六版では、次のように、ごく簡潔にまとめてあります。
〈代表的な野菜の一つ。根(ネ)は たいてい白く太くて長い。「―足〔=女性の、白く太い足〕」〉
一方、百科事典で「大根」を調べると、たしかに詳しく書いてあります。「アブラナ科の二年草」という分類に始まり、栽培の歴史、品種、構造など。ところが、不思議なことに、「代表的な野菜」「白く太くて長い」という記述は、どこにも見当たりません。
かえって、百科事典では、「大根の形状は多様である」「色も変化に富んでいる」などと説明してあります。なるほど、植物学的にはまさしくそうです。桜島大根のような丸い大根もあれば、赤い大根もあります。したがって、百科事典としては、大根が「白く太くて長い」と単純に書くわけにはいかないのです。
でも、私たちが「大根」ということばを使うためには、「形もいろいろ、色もさまざま」という理解のしかたでは差し支えがあります。これでは「大根のような足」という比喩も成り立ちません。国語辞書では、まず、「私たちがふだんの生活で『大根』ということばを使うとき、どういう意味で使うのか」を説明する必要があります。
これが、「ことばの意味を説明する」ということです。百科事典の文章を短くすれば、国語辞書の説明ができあがるというわけではないのです。