「串カツを食べに行きましょう」と言われたら、どんな料理を思い浮かべますか。大阪の人ならば、「二度漬け禁止」で有名な、あの串カツのことだと思うでしょう。
大阪では、至る所に「串カツ」の看板が出ています。こういった店では、肉や魚介、野菜などを串に刺して揚げたものを、容器にたっぷり入ったソースに、どぼん、と漬けて食べます。ソースの容器は客たちが共用するので、食べかけの串をもう一度漬けては不衛生です。そこで「二度漬け禁止」がルールになったというわけです。
『三省堂国語辞典』の主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)は、「串カツ」の用例を多く採集しています。その1つによれば、1950年代の大阪・梅田の地下道でも、現在のような串カツの食べ方をしていたことが分かります(『週刊読売』1963.10.6 p.28)。
ところが、このような串カツは大阪ならではのもので、東京などで「串カツ」といえば、それは単に、豚肉とネギを交互に串に刺して揚げたものを言います。ふつうのスーパーでも売っているものです。多くの辞書には、この意味の串カツしか載っていません。
東京にも、大阪の串カツに相当する料理があり、それは「串揚げ」と言います。豚肉に限らず、魚介や野菜なども串に刺して揚げるところは、大阪の串カツに似ています。ただ、ソースにどぼんと漬けるのでなく、小皿の塩やたれをつけて食べるものです。
大阪の串カツの店が大衆的なのに比べて、東京の串揚げの店はやや上品です。「京風串揚げ」と謳(うた)う店が多いことからすると、京都から伝わったものかもしれません。見坊カードには、〈〔串揚げは〕もともと関西生まれで、ちかごろは東京でもかなりふえてきたが〉(『東京新聞』夕刊 1965.4.30 p.2)という記事があります。
別のカードでは、漫画家・宮尾しげを(東京生まれ、1902-1982)が、子どものころ、肉とネギだけの安い「串カツ」を〈ソースの入れ物にダブリとつけてたべるものが蔵前の通りの夜店で売られていた〉と語っています(『東京新聞』1967.12.29 p.5)。今の大阪の串カツのような食べ方であり、串カツの歴史の複雑さをうかがわせます。
『三国』の第六版では、「串カツ」は豚肉とネギの串刺し、「串揚げ」は肉・魚・貝・野菜などの串刺しと定義しました。さらに、関西で言う「串カツ」は、ここで言う串揚げのことだとも示しました。現代における使い分けをすっきり説明したつもりです。