『三省堂国語辞典 第六版』の新規項目の候補として、一時期、「フリント」(発火石)が挙がっていました。ライターの上についているローラー状のやすりを指で回すと、このフリントがこすられて火花を生じます。もっとも、やや専門的な語であり、また、フリントを使わないライターもあるので、結局採用は見送られました。
ところが、これがひとつのきっかけで、「ライター」の項目も見直すことになりました。『三国』では、「ライター」は、1960年の初版以来、次のように説明していました。
〈発火石を こすってタバコの火をつける器具。〉
昔のライターはこのようなフリント式だけでしたが、今では電子ライターもあります。〈発火石を こすって〉は限定しすぎのようです。ただ、電子ライターにも発火石に相当するものが入っていないかどうか、いちおう確かめておきたいと思いました。
百科事典を見ると、電子ライターには「圧電素子」というものが使われていて、これが発火に関係しているようです。この「圧電素子」とはどんなものか、この目で確認するため、思い切ってライターを分解してみました(どうか、まねされませんように)。
電子ライターは、プラスチックで覆われた柱状ボタンを押し下げることで点火します。ライターのふたを取り去って、柱状ボタンを指で直接押すと、びりっと強い電気を感じます。この電気がどうやって生まれるかは、柱の中身を見れば分かります。
柱状ボタンを火であぶって溶かすと、中からいろいろな部品が出てきます。スプリング、ハンマー、そして鉛筆の芯のような棒状の物質です。この棒が圧電素子です。柱状ボタンを押す時、ハンマーが圧電素子をたたいて、電気が生まれ、燃料に引火するのです。
ここまでの作業で、「ライター」の項目の〈発火石を こすって〉という説明は不適切であることが明らかになりました。かといって、「発火石をこすったり、圧電素子をハンマーでたたいたりして」では、何のことだか分かりません。
点火方式が1つに決まっていないということは、「ライター」の意味を説明するにあたって、点火方式の説明が必須ではないということでもあります。それで、さんざん研究したにしては拍子抜けのする話ですが、『三国 第六版』の「ライター」は、〈タバコの火をつける器具。〉と、ごく簡単な一文で説明されることになったのです。