筆者の勤務している大学の学科では卒業論文が必修科目になっている。オノマトペは学生が興味をもちやすいテーマで、オノマトペをテーマにして卒業論文を書きたいと申し出る学生が少なくない。そんな時に必ずといってよいほど話題にのぼるのが宮沢賢治だ。
『風の又三郎』は次のような歌で始まる。
どっどど どどうど どどうど どどう、
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんもふきとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
また「月夜のでんしんばしら」には「ドッテテドッテテ、ドッテテド、でんしんばしらのぐんたいは はやさせかいにたぐいなし ドッテテドッテテ、ドッテテド でんしんばしらのぐんたいは きりつせかいにならびなし。」という「軍歌」がみられる。「どっどど どどうど」は風の音を表現している擬音語のようでもあるし、風の強さを表現している擬態語のようでもある。なんとなくではあるが、「雰囲気」は伝わってくる。しかしそれはやはり「雰囲気」に留まるのであって、その「雰囲気」の受け取り方は「読み手」によって、少しずつ異なる可能性がある。
前回オノマトペの「揺れ」と表現したのはそのようなことだ。擬音語であれば、何らかの「音」をもとにしてうまれるのだから、そうしてうまれたオノマトペは、多くの人がすぐに理解することができ、多くの人が共有できるはずだ。実際にそういうオノマトペも多い。しかし、最初に「音」をどのように、言語音としてキャッチするか、というところに「個性」がはたらくともいえ、その「個性」がユニークな人はユニークなオノマトペをうみだす。だから、オノマトペであれば、すぐにわかる、とばかりはいえない。
『日本国語大辞典』にもたくさんのオノマトペが載せられている。小型の国語辞書では、オノマトペに多くのページをさくことはできないだろう。だから、これは大型辞書である『日本国語大辞典』の特徴の1つといってもよいかもしれない。さて、みなさんは次のオノマトペがどんな「雰囲気」を表現しているかわかるでしょうか。「セリセリ」「ソイソイ」「ソゴソゴ」「ソッソ」「ゾベゾベ」。答はこちらです。
せりせり〔副〕(多く「と」を伴って用いる)(1)動作などの落ち着かないさま、せきたてるさまを表わす語。せかせか。(2)せせこましいさまを表わす語。こせこせ。(3)言動などのうるさいさまを表わす語。
そいそい〔副〕(「と」を伴って用いることもある)歯切れよく静かに物をかむ音などを表わす語。
そごそご〔副〕(「と」を伴って用いることもある)(1)気落ちして元気のないさまを表わす語。すごすご。(2)かわいたものやこわばったものなどが、触れるさまを表わす語。
そっそ〔副〕(多く「と」を伴って用いる)(1)静かに行なうさまを表わす語。そっと。(2)わずかなさまを表わす語。ちょっと。
ぞべぞべ〔副〕(「と」を伴って用いることもある)(1)つややかなさまを表わす語。(2)長い着物などを着て、動作が不活発なさまを表わす語。そべらぞべら。ぞべりぞべり。(3)((2)から)てきぱきせず、だらしのないさまを表わす語。ぞべらぞべら。
見出し項目「そいそい」には使用例として、「漢書列伝竺桃抄〔1458〜60〕」の「蚕の桑葉をそいそいと食て、あげくに食尽様にするぞ」があげられており、カイコが桑の葉を食べる時の音を「ソイソイ」で表現していることがわかる。もりもり食べるという「雰囲気」ですね。見出し項目「そごそご」には(1)の語釈中に「すごすご」とある。「ソゴソゴ」と「スゴスゴ」とは「ソ」と「ス」とが入れ替わっている。もっといえば、母音が[o]から[u]に入れ替わっているので、「母音交替形」ということになる。こういうこともある。落ち着きのない人に「なんだかセリセリしてるね。どうしたの?」と言ったり、落ち着きのないこどもに「セリセリしないっ!」と言ってみたら、どんな反応がかえってくるでしょうか。
最後に1つ。次のような見出し項目があった。
こんかい[吼噦]【一】〔名〕狐の鳴声から転じて、狐のこと。【二】狂言「釣狐」の別称。
【一】の語義の使用例として、「虎明本狂言・釣狐〔室町末〜近世初〕」の「わかれの後になくきつね、なくきつね、こんくゎいのなみだなるらん」、「雑俳・西国船〔1702〕」の「ひょっと出てこんくゎいのとぶ階がかり」などがあげられ、【二】の語義の使用例として、「堺鑑〔1684〕中・釣狐寺」の「世に云伝釣狐の 狂言 又吼噦共いへり」があげられている。「辞書」欄には「書言・言海」とある。「書言」は江戸時代、享保2(1717)年に刊行された辞書、『書言字考節用集』(全13冊)のことで、その「言辞 九上」(第11冊)に「吼噦(右振仮名コンクハイ)」という見出し項目がある。明治24年に完結した『言海』には、「こんくわい(名) 吼噦 [狐ノ鳴聲ヲ以テ名トス]狐釣ノ狂言ノ名」とある。「吼」は〈ほえる〉という字義をもっているが、『大漢和辞典』巻2(904ページ)に載せられている「吼」字に「コウ」「ク」という音は認められているが、「コン」はない。また「吼噦」という熟語もあげられていない。
『日本国語大辞典』の見出し項目「こんかい」をよんだ時には、漢字列「吼噦」があてられていることもあって、「コンカイ(コンクヮイ)」という発音の漢語があって、それはキツネの鳴き声に基づいてできた漢語だと想像してしまった。そうであれば、日本でも中国でもキツネの鳴き声を「コン」と聞きなしたことになり、「おもしろいですね」でめでたくこの回も終わるところだった。ところが、どうも漢語「コンカイ(コンクヮイ)」はなさそうなので、そうなると「吼噦」は日本であてられたのではないかということになる。やはりことばは一筋縄ではいかないが、その「どっこい、そんなに単純ではないぞ」というところが言語のおもしろさでもあると思う。
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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ //japanknowledge.com/)の表示に合わせております。